あれこれ一覧

医療への AI の導入の現状(2025年4月)


アメリカでは医療へのAI の導入が急ピッチで進んでいる。AI が最も得意とする画像認識の領域では、医師の代わりに病理診断(顕微鏡での組織の診断)や画像診断(CT画像など)を AI が行うことが常識化している(病理診断や画像診断は最低2名の医師が独自に判断して、その診断の精度を高めているが、このうちの1名の医師の代わりを AI が行えるようになっている)

AI は「学習を重ねて能力が向上する機器」であるので、その「学習」が、能力向上には鍵になる。もともと AI の有利性は、自らネット上の情報を収集して、それを消化して答えを出す、とう能力であったが、ネット上が誤情報・嘘で満ちているので、ネット上の情報を自律的に探しに行かせるべきか?それとも人間が「教科書」をAI に与えるべきかが大きな問題になっていた。

結局、学習内容の中に誤情報や嘘(data-poisoning attacks)が0.001%混じっただけで AI は判断ミスをしてしまうことが分かって、「AI の教科書」は人間が正しい情報だけを選んで作らないいけない、というのが2025年4月現在の状況である。

Alber DA et al. Medical large language models are vulnerable to data-poisoning attacks. Nat Med. 2025 Feb;31(2):618-626.

(2025年現在、有名なオープンAI社の ChatGPT も(情報公開されていないので真偽は不明だが)インターネットからの情報収集は止めて、自社でのデータベースに基づく「回答」の作成をするプログラムに替えた様子で、出力される医療情報は、以前よりも格段に正確になっている、と感じる)

人間が選んだ正しい医療情報で 生成AI を教育し、アメリカの医師国家試験を受けさせ、何点獲得するかを各AI (BioLinkBert, DRAGON, PubMedGPT, PubMedBERT, BioGPT など) に競い合わせるのが2024年までの医療における生成AI の研究の主流だった(日本からは、フェイス・ブックで有名なメタ社が公開した Llama3 を教育して医療系に特化させた Llama3-Preferred-MedSwallow-70B などがある)が、それも終了し、

Singhal K et al. Toward expert-level medical question answering with large language models. Nat Med. 2025 Mar;31(3):943-950.

Bedi S et al. Testing and Evaluation of Health Care Applications of Large Language Models: A Systematic Review. JAMA 2025 Jan 28;333(4):319-328.

現在では、国家試験の臨床問題のような単純化された仮想の症例では無く、実際の医療現場で遭遇する複雑な臨床症例の診療に際して 生成AI が医師のアシスタントとして診断までの過程を迅速化できるかどうかの検証が行われている。

Goh E et al. Large Language Model Influence on Diagnostic Reasoning: A Randomized Clinical Trial. JAMA Netw Open. 2024 Oct 1;7(10):e2440969.

Liu X et al. A generalist medical language model for disease diagnosis assistance. Nat Med. 2025 Mar;31(3):932-942.

Goh E et al. GPT-4 assistance for improvement of physician performance on patient care tasks: a randomized controlled trial. Nat Med. 2025 Feb 5.

今後は、生成 AI の能力は更に進化するだろう。次に検証が求められるのが、生成AI 単独で医師と同じ質の診療が可能かどうかであろう。

世界では、多くの生成 AI のプログラムが無料で使える(Open-source) ように公開されている。多くの研究者が、無料公開の生成 AI を教育(fine-tuning)し、 医療の現場で使えるもの・医療者と同等の能力を持ったものを樹立しようとしている(Hugging Face Hub などで公開)。

一方、日本では患者との対話を「文字起こし」したり、会話内容を「要約」するなど、本来の生成AIの最も大きな武器である「知的な部分」を利用しない方向で商品開発が進んでいる様にも感じる。

 

 

2025年04月07日

アメリカ人は風邪ぐらいで病院に行かない?アメリカの医療・コロナ禍の前と後。


日本で広く知られたアメリカにおける情報で「アメリカ人は風邪ぐらいで病院に行かない」というのがある。アメリカ人が高い医療費を恐れて風邪ぐらいでは病院に行かない、、、と間違った風説が日本では広まっている。

全てのアメリカ人が医療保険に加入し、高い保険料を毎月払っている。アメリカ人は「毎月・毎月、高い保険料を払っているんだから、(医療機関を)使わないのは損だ!」と感じている。アメリカの医療費の窓口支払い額(自己負担額)は全医療費の10%以下が標準なので、日本の3割負担と比較すると、その1/3 なので、とても安価である。いくら医療費の高いアメリカでも、日本の3倍も医療費が掛かることは無く(医療費のGDP比は、アメリカは16.6%、日本は11.5% であるから、アメリカの医療費は日本の1.4倍程度では無いだろうか?)、風邪で受診した時に支払う料金は1,000ー2,000円程度である。決して高い料金では無い。

しかし、アメリカの医療施設は、医師の過剰労働を防ぐために「完全予約制」になっているので、ネットや電話で予約を入れなければ決して診察してもらえなかった。そこで予約を入れようとすると(多くの外来担当医師の外来枠は常に一杯にされているため)どんなに早くても「3日後」という状態であった。直ぐに診てもらうには「救急外来」を受診しなければならないが、救急外来では入り口でトリアージ(重症度に応じた診療の順番の決定)されるので、「風邪」だと通常8-10時間待ちである(心臓病や脳出血・喘息・外傷などの緊急性の高い疾患の患者は待ち時間ゼロで直ぐに診てもらえる。重症患者が来ると、次々と順番が抜かされて軽症者は10時間待ちになってしまう)。

風邪くらいで10時間も待つのは馬鹿馬鹿しいので、高い保険料を払っているから、少しは使いたいのに、風邪くらいで病院に掛かりたいのに、泣く泣く、アメリカ人は風邪の時には市販薬を購入して自分で治療していた。当然、アメリカ人の医療への憎しみが増していく。高い保険料を支払わされているのに風邪の時に病院にも掛かれない、と。

ところが、コロナ禍で事態は一変した。風邪の症状でもコロナだったら死ぬことがある。特に50歳以上の男性は極めてリスクが高い。風邪症状でも病院で「当日」に診てもらうのが「当たり前」になった。当然、コロナに感染したら医療者も死ぬかもしれない。だから診療は全て「遠隔」になった。予約した当日に、コンピューターの画面を通して診療をし、検査結果と重症度に基づいて入院・帰宅を医師が指示する診療(Virtual Care)が標準になった。

コロナ禍が去った現在も、アメリカの医療は「コロナ禍で変化したスタイル」が定着している。アメリカ人は風邪で診療所での診察の予約を取る。オンライン診療(Virtual Care)を、予約した当日に、受けることが出来る。コンピューターの向こう側の医師が診察し、処方箋を書いてくれる。

「今」のアメリカ人は風邪の時にオンライン診療(Virtual Care)で病院・診療所の医師から薬を貰うのが当たり前になっている。

アメリカ人の医療に対する憎しみも少し減っている気がする。

 

2025年03月24日

アメリカにおける医療費の自己負担と破産/Medical Myth (医療に関する誤情報)と未来


世の中は「誤情報」に溢れている。時として、その誤情報が「真実」として国民全体に広がることがある。アメリカにおいても、医療にまつわる誤情報/ Medical Myth が、時として国民の間に浸透している場合がある。AI の発達した現在では「検索」すると「正しい答え」が出て来ることが多いので、以前よりはMedical Myth は減っているが、以前に広がった Medical Myth を真実と思い込んでいるアメリカ人は未だに多い。

AIが普及するよりも、ずっと以前の、2005年にアメリカの医療費と破産に関する衝撃的な論文が Himmelstein 博士らから発表された(Illness and injury as contributors to bankruptcy. Health Aff (Millwood). February 2, 2005. Web exclusive) 。この中で「アメリカの自己破産者の46%が医療費の支払いに耐え切れず自己破産を申請している」と報告している。

この小さな論文の内容は、そのショッキングな内容のため、大手メディアによって大々的に報じられ、アメリカ国民の多くが知るところとなった。これを契機にアメリカ国民のアメリカの医療システムに対する怒りが爆発し、皆保険制度の必要性が声高に叫ばれ、2010年のオバマ大統領による ACA (通称オバマ・ケア)の制定に繋がったとも言える。

しかし、実は、この「結果」は破産者による自己申告(self-reporting) に基づくものであり正確性に疑問が持たれた。その後、多くの研究者が統計を取り直し、この結果が誤りであることが発表されている。アメリカのメディアは、この誤った情報を訂正することは無かったので、今でも、この Medical Myth「アメリカでは自己破産者の半分は医療費の支払いの多さに耐え切れず破産している」を信じて、アメリカの医療を憎んでいる年配のアメリカ人は多い。(さすがに、現在では、この20年前の間違った情報を報道するメディアは存在しない)

実の所、アメリカの当時の自己破産者の11%程度が医療費の支払いに苦慮して自己破産していると推測する論文もあった。この結果も推測値なので、必ずしも正確では無いだろうが、上記のような「自己破産者の半分が医療費で破産している」という数値からは掛け離れた小さな数字が「真の値」と想定されている。

Dobkin C et al. Myth and Measurement — The Case of Medical Bankruptcies. N Engl J Med 2018;378:1076-1078.

ちなみに、2020年の日本弁護士連合会による「破産事件及び個人再生事件記録調査」によると、日本における自己破産者の23%が医療費・病気を理由として申請をしていると報告されている。しかし、これも推測値なので、その信頼性は高くないかもしれない。

OECD のデータによれば、アメリカでは、破産するほどの壊滅的な医療費の自己負担額(catastrophic health spending) で苦しんでいる家庭は、医療を受けた者(家庭)の7.4%とされている。その多くが低所得者層(poorest) と所得下位の層(2nd quintile)である。一方、日本でも2.6%の家庭が医療費の壊滅的な自己負担額に苦しんでいる。

 

大病をすれば、仕事が出来なくなり、収入が低下する人(家庭)が多い。所得の低下する中、医療費の支払いが圧し掛かれば生活に困窮することは多い。

アメリカでは医療費の年間自己負担額(out-of-pocket expenditure) は連邦法で9,100ドル(130万円)までとされている(日本の高額療養費制度に相当)が、この額でさえ、低所得者層には大きな負担であり、自己破産の原因となる。また、保険外診療に掛かった費用は、連邦法の自己負担額上限には縛られないので、保険外診療を受けている人は巨額の請求を受けることになる。

日本では、現在、「医療を受けた40家族に1家族が医療費のために破産している」のが現状である。これは日本の高額療養費制度による年間医療費負担の上限が低く抑えられている(報酬月額27万円未満の収入の人の場合、年間自己負担額は60万円以下)ことによるのかもしれない。 

アメリカでは医療を受けた13家族に1家族が破産するほど医療費に苦しんでおり、その多くが低所得者層(poorest + 2nd quintile) であるという現実を改善するために、年間自己負担額の限度額の引き下げや、保険診療で受けられる治療の拡大、低所得者の医療費の自己負担の支払いの援助プログラムの創設など、多くの施策が必要である。

Uppal N et al. Alleviating Medical Debt in the United States. N Engl J Med 2023;389:871-873

2025年03月21日

アメリカの高額医療問題


アメリカでは遺伝子治療や細胞療法が今まで治療法が無く苦しんでいた人々に有効だと証明され、臨床の現場への導入が進んでいる。

これらの新規治療は、どれも驚くくらい高額であり、これらを全ての患者に届けるためにアメリカ(各州政府)は苦慮している。

アメリカはオバマ大統領が2010年にAffordable Care Act (ACA)を通して、医療保険を全国民に与えるようになった。アメリカ国民のうち、低所得者は国営のメディケイド、高齢者(65歳以上)は国営のメディケア、そして、それまで自分の意志で保険に入っていなかった人たちは国営の新たな保険機構(通称 オバマケア)で医療費が支払われるようになった。現在、アメリカ国民の65%が私立の医療保険会社から医療費が支払われ、35%の国民が国営の保険機構から医療費が支払われている。

国民の35%が国営の医療保険に加入しているので、その医療費の支払いは国(各州)にとって大きな問題である。更に、上記のような高額な治療が、どんどん臨床の場に登場し、各州政府の医療費負担は莫大なものになっている。勿論、この高額治療の登場は65%の国民を担う私立の保険会社にとっても大きな負担となっている。

最近、FDA (日本における厚生労働省のような機関)は鎌状赤血球症に対する新しい2つの遺伝子治療を承認した。exagamglogene autotemcel (exa-cel; Casgevy) は220万ドル(日本円で3億3千万円)・ lovotibeglogene autotemcel (lovo-cel; Lyfgenia) は310万ドル(日本円で4億6千万円)という信じられない価格の治療である。

それ以外にも、薬剤費のみで、年間3千万円を越える料金が必要な薬が次々と市場に登場している。

FDA は薬剤の有効性と副作用に着目して、その製品の認可・不認可を決定する。FDA は薬剤の価格は審査の際の考慮に入れない。アメリカでは薬剤の価格は製造メーカーが設定するので、このような「法外な価格」が設定されてしまう。

「法外な価格の治療」は、医学的には、効果があり、副作用が少ないかもしれないが、、、経済的には大きな毒性 Financial Toxicity を持っている。現代社会の中で人間が生きて行く上で、経済活動も重要な要素の一つであり、経済的毒性が高い物が現代社会で放置されていることは大きな問題と感じる。これを解決することが急務である。

上記の高額な新規遺伝子治療を1回だけ行えば、鎌状赤血球症の患者は根治すると予測されている。痛み発作で救急外来を繰り返し受診することも、緊急入院することも無くなり、健常者と同様の生活を送り、寿命も健常者と同等になると予想されている。

鎌状赤血球症はアフリカ系住民の疾患であり、アメリカにおいては貧困層のアフリカ系住民に高い頻度で存在する疾患である。貧困層の医療費は上記の国営のメディケイドから支払いが行われている。

現在、アメリカでは各州の「メディケイド/ Centers for Medicare and Medicaid Services (CMS)」と各製薬メーカーが協議し、多くの貧困層の鎌状赤血球症の患者が「法外な価格の治療法」で治療されている。どのように支払いがなされるのか?どのような約束を各州と製薬メーカーが交わしているのか?は非公開である。

もし、このCMSと各製薬メーカーが、秘密裏に作り上げている「新たな支払いモデル」が成功したなら、その内容は公開され、高額な医療費で苦しむアメリカの医療システムを根底から変えてくれるものと期待されている。

Ubel PA et al. Out of Pocket Getting Out of Hand — Reducing the Financial Toxicity of Rapidly Approved Drugs. N Engl J Med 2025;392:729-731.

Ross SJ. Cell and Gene Therapies — Improving Access and Outcomes for Medicare and Medicaid Beneficiaries. N Engl J Med 2025;392:521-523.

 

 

2025年02月26日

アメリカの医師不足問題


高齢者の増大や少子化は先進国にとって共通の課題である。これから30年の間にはベビーブーム世代(団塊の世代)やベビーブーマージュニア世代(団塊ジュニア世代)が高齢化して多くの医療資源を必要とすることが全ての先進国で予想されるので、各国、その対応に追われている。

アメリカの現状を詳細に検討し、今後の対策に関しての提言が発表された。

Walensky PR and McCann NC. Challenges to the Future of a Robust Physician Workforce in the United States. N Engl J Med 2025;392:286-295.

アメリカにおいては、地域によって平均寿命に大きな差があるのは良く知られた事実である。また、地域によって脳卒中などの脳疾患やタバコが原因の肺疾患、うつ病の発症頻度にも大きな差があることも知られている。

脳卒中は気温の低い地域で多ので、北部の州では、その発症頻度が高いが、必ずしも平均寿命は短くない。一方、温かい南部の地域でも脳卒中の頻度は高く、南部地域の平均寿命は極めて短い。

今回の論文では、医師不足地域と平均寿命の短い地域とが重なることが明らかになった。北部の州での医師不足は、南部に比べると程度が軽い。平均寿命の極めて短い地域での医師不足は極めて深刻であることが分かった。

論文の中では:

・医師の仕事量の軽減:医療者間のタスク・シェアを進めることにより(特に医師不足地域では)医師の労働量を減らしたり、医師の「燃え尽き」による、更なる医師数の減少に歯止めをかける必要があるとされている。

・医師の偏在の解消:医師不足の原因の一つに、医師の偏在(都市部や中ー高所得者が住む地域での勤務に医師が集中し、僻地や低所得者層の居住区での医師不足が進んでいる)がある。医師が不足している地域では医療の大部分を背負うプライマリーケア医が不足している。プライマリーケア医の給与は専門医の給与に比べて大きく劣るため、目指す若い医師が少ない。プライマリーケア医と専門医の給与の差を小さくすることにより、プライマリーケア医を増やすことで医師不足地域のプライマリーケア医を増やせるかもしれない。

・医師数の増大:医大の授業料を下げ(無料にし)て、医師不足地域(低所得者が多数住む地域)の若者で、医師になりたいと思う者に門戸を開けること(ただ、この試みは上手く行っていない)や、授業料や生活費を提供する代わりに僻地(医師不足の低所得者居住地区)での勤務を義務付ける方法などが提言されている。
 医師不足地域に医大を作り、その地域の若者を優先的に入学させ、卒業後は、その地域での診療を行わせることも提言されている。
 外国人医師の採用を増やすことも考えられるが、多くの外国人医師は医師不足地域(僻地勤務)を嫌い、大都市での勤務に就くので、医師不足地域の解消には現状では、あまり寄与しないかもしれない。

などなど上記を含めて様々な解決策(potential solution) が提言されている。

30年後には高齢者の比率は、現在の状況から一変して、医療を必要とする高齢者の数は大幅に減ることが予想されている。医学生の数を今から増やしても、彼ら・彼女らが活躍する25-35年後には「医師余り」が深刻化する可能性が高く、昨今の韓国のように若い医師からの、医学部定員の増員に対する反対運動が起きるかもしれない。

今回の論文・提言に対しては世界中から(特に先進国から)賛否両論、さまざまは意見が寄せられるだろう。

 

 

2025年01月17日

故エンドウ・ミツエさんに大統領市民勲章


2025年1月2日、アメリカ大統領ジョー・バイデン氏は、第二次世界大戦中に日系人の名誉の回復に大きく貢献された故エンドウ・ミツエ(Mitsuye Endo) さんに大統領市民勲章(Presidental Citizens Medal) を贈りました。

第二次世界大戦中に、アメリカ本土に住む日系人は敵国系アメリカ人として砂漠の中にある強制収容所に強制収容されていました。

これに対して、日系人のエンドウ・ミツエさんは「アメリカに忠誠を誓っている正しいアメリカ市民である日系アメリカ人の自由を奪って強制収容所に収監することはアメリカの憲法に反する」と収容所内から訴訟を起こしました。

1944年にアメリカ最高裁はエンドウさんの主張を認め「忠実なアメリカ市民である日系アメリカ人を強制収容していることは違憲である」との判決を言い渡しました。

これを契機として、アメリカにおいて敵国系と見なされていた日系人の名誉が回復しました。

この行動を称え、1945年の終戦以来、実に80年の時を過ぎて大統領市民勲章が贈られました。

日系人で大統領市民勲章を贈られたのは第二次世界大戦中にヨーロッパ戦線で活躍した日系人部隊442部隊のテリー・シマ氏以来、二人目となりました。

称賛に値する働きをしても、評価されないまま埋もれてしまった英雄は多いですが、たとえ遠い過去の話であっても、正当に評価され勲章が贈られたことは大変喜ばしいニュースだと感じます。

 

2025年01月08日

アメリカで学ぶ・働く?


日本のテレビドラマだと「アメリカで勉強してくる」とか「アメリカで頑張る」などと言ってアメリカに旅立つシーンが頻繁にあります。

しかし、実際は、あんなに簡単ではありません。

アメリカで3か月以上の滞在をする場合「ビザ」が必要です。ビザが無いまま、アメリカに3か月以上滞在すれば「違法」になります。

アメリカで「学ぶ」場合、多くに人が「アメリカの語学学校」を選択します。「アメリカの語学学校」の多くが、外国人に対して入学許可書(I(アイ)-20) を発行してくれます。これを日本のアメリカ大使館に持って行って学生用のアメリカ滞在ビザ・ F(エフ)ビザを発行してもらいます。

ビザの有効期間は6-12か月のものが多いです(ビザの有効期限は、時代と共に変化しており、大昔は有効期限が5年のビザなどが発行されていたこともありましたが、不法移民問題が話題に上がっている現在、なるべく短期のビザを発行する傾向になって来ています)ビザが切れても、I-20 が有効であれば、アメリカに滞在することは許されています。I-20 が有効ならば、ビザの更新のために、本国(日本)で更新手続きをする必要は必ずしもありません。

アメリカのビザ取得までの手続きは大変なので、仲介業者さん(アメリカ語学留学の斡旋業者さん)に全て御願いしてしまう人が多いですが、相当な料金が掛かることが多いです。

学生用のFビザは学校で勉強することが目的の滞在ですから、就労(仕事)は出来ません。就労は(アルバイトであっても)違法になります。

アメリカの語学学校は、英語が出来ない様々な国の人たちが通っているので、アメリカ人の先生以外、まともな英語を話せる人はいません。そのため、まったく英語力(特にスピーキングやリスニング)が伸びない人が多いです。就労が許可されていないので、アメリカ人の「生の英語」に接する機会は「旅行者」と同程度(お店で店員さんと会話する・テレビの英語を聞く、、、という程度)になってしまうことも多いです。

アメリカで働くとなると、、、更に事態は困難を極めます。

J1ビザという国際交流プログラム・ビザを発行することが出来るアメリカの施設(大学や企業など)などで働くことが一般的ですが、、、これは「技術習得のための米国滞在」という名目なので、給与は極めて低額です。また、その施設以外に転職することも、他の仕事(アルバイト)をすることも禁止(違法)です。

これも学生の Fビザと同様に、施設が国際交流プログラムに参加していることの証明である DS2019 という書類(学生の I-20 に相当)を出してくれます。これを基に日本のアメリカ大使館でJ1ビザの発行の申請をしてビザを取得します。

J1ビザも、6か月から5年程度の有効期限のビザが発行できますが、近年は、1年の期限のビザが発行されることが多いようです。

J1ビザの場合、国際交流プログラムが終了したら、日本へ帰国しなければなりません(免除願いを出して、少しだけ滞在を延長することは出来ますが、何年もの滞在は出来ません)。

本格的な滞在するとなると H1b ビザという就労ビザの取得が必要ですが、これは研究者や特殊技能者には沢山発行されますが、一般的な職種には極めて少ない量の発行しかなく、手にするのは「不可能」と思った方が良いです。

多くの日本人留学生が「語学学校/Fビザ」「会社で見習い(国際交流プログラム)/J1ビザ」で4-5年アメリカに滞在し、その後も長くアメリカで働くことを希望しますが、このH1b ビザが取れず、泣く泣く帰国を余儀なくされる人は多いです。

I-20 の有効期限が切れたり、DS2019 の有効期限が切れた状態で、アメリカに滞在することはオーバー・ステイと呼ばれる違法行為です。また、就労の権利の無いFビザで、アルバイトをしたり、働く場所が指定されているJ1ビザで、アルバイトをすることも違法であり、不法就労に当たります。これらが発覚すれば警察に拘束され、強制的に日本へ送還され、その後、アメリカへの入国が出来なくなります。決して行ってはいけません。

日本の企業を通して、その企業のアメリカ支社で働くのが、H1b ビザを手に入れ易いですし、賃金面でも十分なものが与えられるので、最も簡単な「アメリカで働く方法」です。

 

 

 

2024年10月03日

アメリカ大統領選挙


アメリカの大統領選挙は4年に1度行われる。夏季オリンピックが開催される年と同じ周期で4年に一度行われる。2024年は大統領選挙の年である。

 アメリカは共和党と民主党の2大政党制であり、それぞれの政党が大統領候補を、それぞれの党の中の選挙で選び、11月の政党の候補同士の選挙で決着する。

 大統領は8年まで務めることが出来るので、通常は、4年の任期を終えた現職の大統領は、そのまま次の選挙の候補に選出される。今回は、高齢であることを理由に現職の民主党・バイデン大統領が、次の大統領選挙に出馬することを辞退した。

 その結果、民主党はハリス候補という、アメリカで二人目の女性候補(最初の女性候補はクリントン氏)が立候補した。ハリス候補は、黒人として二人目の大統領候補(最初の黒人候補はオバマ元大統領)であり、同時に、アメリカ史上最初のアジア系(インド系)大統領候補でもある。

 対する民主党の候補は、トランプ元大統領である。彼は1期4年しか大統領を務めていないので、再度、立候補が可能である。

 民主党と共和党では、政策方針が水と油ほど違う。どちらの候補が大統領になるかで、アメリカの国の方向性が大きく変わる。

 民主党は弱者救済・富裕層への重い課税・大企業への重い課税を主体とする政策を取ることが多い。LGBTQへの理解も高く、女性の中絶の権利を擁護し、移民の受け入れにも寛容である。国民全ての健康を守る皆保険制度を確立した過去があり、「銃を持つ権利」には否定的である。進歩的な考えに基づく価値観であり、都市部の人々・多くの移民や知識人・ホワイトカラーの人々・芸能系の職業の人から支持されることが多い。アメリカ東海岸や西海岸など、移民が多く、有名な大学が多く、進歩的な人々が暮らす州で高い支持を得ている。

 一方、共和党はキリスト教の聖書に基づいた伝統的な価値観に重きを置く保守的な価値観が強い。富裕層を保護し・大企業を保護する政策を取り、財源を、国民全体から平等に徴収する消費税を主体とすることが多い。自己責任の名の下、各人が各人で解決することを求め、弱者への保護は薄くすることが多い。皆保険制度など、共産主義的な(競争原理の働かない)施策には否定的である。また、「銃を持つ権利」をアメリカ建国以来のアメリカ国民の権利として擁護する姿勢を示している。キリスト教徒や白人層・農業従事者などアメリカの中央部の農業州では高い支持を得ている。

 大統領選挙は、各州ごとに行われる。州の得票で過半数を得た候補が、各州の勝利者となる。51%対49%の得票で勝っても、99%対1%の得票で勝っても、その州での「勝利」としてしかカウントされず、州民の何%が支持したかは勘案されない。その結果、総得票数では優っているのに、総得票数で少ない方の候補が大統領に当選するという奇妙な現象が起きる。2000年の民主党ゴア候補・共和党ブッシュ候補の選挙で総得票数の少ないブッシュ候補が当選した。また、2016年の民主党クリントン候補・共和党トランプ候補の選挙では、総得票数の少なりトランプ候補が当選した。

 熱狂的にゴア候補やクリントン候補を応援する州があった反面、接戦州でブッシュ候補・トランプ候補が小差で勝つことが多かったことが、これらの奇妙な結果の原因である。

 これらの奇妙な結果に「アメリカの大統領選挙のシステムは民意を正しく反映していない」と抗議する人はいるが、アメリカは建国以来の大統領選挙のシステムを堅持し続けている。

2024年09月09日

ハワイ・パールハーバー国立記念館とアリゾナ記念館


ハワイ州オアフ島ホノルル市は日本人にも人気の観光地です。夏休みに訪れる人も多いでしょう。

日本発の旅客機が降り立つホノルル国際空港は、ハワイ州の上院議員を長く勤め、日系人として初めて上院議員議長に就任した故ダニエル・イノウエ氏の功績を称え、ダニエル・イノウエ国際空港と改名されています。

ハワイ州は日本からの移民が多く、現在でも日系人の方が多数暮らしている州です。

ハワイ州最大の都市・ホノルルから車で15分の場所にパール・ハーバー(真珠湾)があります。1941年12月8日に日本軍が奇襲攻撃を掛け、3,000名の米兵が亡くなったアメリカの基地がある場所です。

現在は、パール・ハーバー国立記念館(Pearl Harbor National Memorial) が建設され、第二次世界大戦・真珠湾攻撃の時の記録画像が多数展示されています。アメリカ本土からのアメリカ人だけでなく世界中の方が訪れて、当時の悲劇に心を痛めています。

パール・ハーバー国立記念館からボートで10分の海上には真珠湾攻撃で亡くたった兵士を慰霊する水上の慰霊館・アリゾナ記念館(USS Arizona Memorial) があります。パール・ハーバー国立記念館でアリゾナ記念館の見学を希望すると出航時間が刻印されたボートチケットが渡されます。

アリゾナ記念館を訪れる人は、ボートに乗る前に、必ず「真珠湾攻撃とアリゾナ記念館」に関する解説ビデオを見る必要があります。英語だけでなく、日本語・中国語・韓国語・フランス語・ドイツ語など、全世界の国々の言葉で翻訳された音声ヘッドフォンが渡されるので、どの国から訪れた人でも、その国の言葉で解説を聞きながらビデオを見ることが出来ます。

ビデオの内容は、決して日本を非難するものでは無く、日米が戦争に突入するまでの歴史的な背景や、その被害の大きさなどが語られ、一般市民や前線で戦く兵士は、一部の政治家による国家同士の諍いの犠牲者である、と語られています。国民を戦争に導かないようにする良い政治家を選ぶことが国民の使命である、と強調した内容になっています。

海上のアリゾナ記念館には15分程度滞在しますが、多くの訪問者が真珠湾攻撃で亡くなった兵士の家族の方々で、花などを供えて、故人の冥福を祈っています。

パール・ハーバー国立記念館もアリゾナ記念館も無料で入場できます(有料の博物館・記念館も併設されています)。車で訪れると駐車代として一台7ドルのオンライン寄付を求められます。

展示物には陰惨な写真は一切なく、子供が訪れても心配ない展示になっています。

ホノルルの繁華街から車で15分程度・バスなら30-40分で行くことが出来ます。

残念なことに日本人観光客の姿を見ることは極めて稀です。戦争の傷跡を知り、平和な国を維持する思いを再確認する意味でも、日本人に是非、訪れていただきたい場所です。

https://www.pearlharborhistoricsites.org/

https://www.nps.gov/perl/index.htm

https://www.nps.gov/perl/uss-arizona-memorial-programs.htm

 

2024年07月25日

アメリカのオリンピック放送

多くの人が知っている通り、1984年のロサンゼルス・オリンピックを境に、オリンピックの形態が大きく変化した。

それ以前は、オリンピックは「万人の物」であり、全ての放送局が自由にオリンピック競技を報道でき、各新聞社や雑誌社が、自由にオリンピック競技の写真を使うことが出来た。

また、出場者もアマチュアに限られ、プロ選手の参加は認められていなかった。テニスやバスケット・ホッケーといったプロ・スポーツ化していた競技には、オリンピックではプロ選手は参加せず、アマチュアのトップ選手が参加していた。

競技において、勝つことにばかり執着する選手を戒める「オリンピックは参加することに意義がある」という言葉をクーベルタン男爵が残したのも、商業化される前の「万人のためのオリンピック」を指してのことである。

テレビで目にする有名プロ選手でなく、見たことも無いアマチュア選手が出ているオリンピックは、一般大衆の興味を引くことが出来ず、運営は赤字続きであり、多くの国が開催を躊躇する状況になっていった。そんな中、アメリカが「オリンピックの商業化」を打ち出し、ロサンゼルス・オリンピックを行った。

「報道」の名の下に、全てのテレビ局・新聞社・雑誌社が自由に報道していたものを、「お金を払った者だけがオリンピックの詳細を伝えることが出来る」という「オリンピックの商品化」が行われ、オリンピック競技は「商品」に変わった。お金を払わず「報道」することが許されるのは、試合結果と、僅かな映像のみになった。

「オリンピック」という言葉を使えるのも、オリンピック協会に料金を支払った一部の企業のみで、以前のように、誰でも「オリンピック」という言葉や、「オリンピックのロゴ」を使うことが出来なくなった。

全てが、一部の企業・会社による独占状態であり、「購入」出来なかった者・会社は完全に排除されている。「万人のオリンピック」から「商品購入した者のためだけのオリンピック」に変わってしまった。

商業化されたオリンピックにとって「視聴率」を稼ぐことは最大の使命になった。このため、プロ選手のオリンピックへの参加が解禁され、テニスなどは4大大会に並ぶ大きな大会として位置づけられ、人気選手が揃って出場している。観戦チケットも4大大会と変わらない高価なものとなってしまった。

オリンピックの放送権は各国に於いて、その国のテレビ放送局間での入札により、一番高額な放送料を付けた一社のみが獲得する仕組みである。アメリカでは、オリンピックの放送権はNBCテレビが購入したので、NBCだけが競技の報道をしたり、オリンピックの特集番組を組んだりして報道している。しかし、他の巨大テレビ局 CBS, ABC, FOX は、スポーツ・ニュースで1分程度、試合結果を簡潔に報道する程度で、まったくオリンピックには触れない。

テレビのチャンネルを変えても、他のテレビ局はオリンピックを完全無視である。

アメリカ国民の中には、スポーツに興味のない人は多いし、多くのチャンネルはオリンピックには一切触れないので、(アメリカ代表選手が沢山のメダルを獲っているのに)アメリカ国民の中で、オリンピックを、まったく見ない人も多い。

ちなみに、オリンピックの放映権は、巨大テレビ局にとっては、それほど高額なものでは無いので(オリンピック委員会の指示通り)各国において各テレビ局が入札を行い最高額を付けた1社のテレビ局がオリンピック放送権を購入して、その局だけがオリンピックを報道するのが先進国では一般的である。

日本はオリンピック放送権に対する入札を行わず、全ての放送局による共同購入が行われる。商業主義オリンピックに移行しても全放送局がオリンピック競技を報道するという、先進国としては極めて例外的な国である。同様の体制を敷いていた韓国も2026年からは一社の独占に移行する。

2024年07月22日

リフィル/外来診療


各国の医療制度は、それぞれの国の文化や習慣・価値観によって樹立したものだから、それぞれの国で違いがあるのは当然である。しかし、これだけ情報の交換が頻繁に行われ、先進国・自由主義国では、おおむね「人の平等」や「人権」の感覚が共通してきている現在においては、医療制度においても他の先進国の現状(良い点・不十分な点)を見て参考にするのは良い事である。

各国の情報交換のため日本やアメリカを含めた OECD(経済開発協力機構)に属する38カ国 においては、それぞれの国が、医療に関する情報を含めて、多くの情報を提供し、それぞれの国の問題点を明らかにしている。

しかし、昨今の韓国のように、データ上は「他国よりも医師数が少ない」ということで、政府が大幅な医師の増員を計画すると、現場の医師達から激しい抵抗が見られたり、データだけで改革を計画することが危険な事は肝に銘じておかなければならない。

さて、OECD の医療に関するデータによれば、日本は外来受診回数が多い国である。しかし、ドイツやオランダと特に変わらない頻度である。が、アメリカと比べると大変多い。受診回数が多いという事は、そのことが、患者や、その家族に物理的・時間的な大きな負担を掛けている。特に症状の安定した高血圧・高脂血症などの内服薬を継続する慢性疾患の場合には受診回数が多いことを「大した病気でもないのに毎月毎月、外来を受診して、長々と待たされて、3分で処方箋を貰って帰るなんて、本当に時間の無駄だ」と感じている患者は日本には多い。

 

日本においては、慢性患者の外来受診回数に関する、はっきりした基準は無い。各医師が、それぞれの「勘」で「毎月来なさい」とか「2か月ごとで良いですよ」などと決めている。(多分、安定しているなら、診察は年に1-2回でも良いのかもしれない)

ところがアメリカは保険会社が医師の診療に口を出してくる国なので、受診回数が多いと、保険会社が外来診療費の支払いを渋る。「何で、こんなに外来受診させるのですか?意味の無い医療費の無駄遣いです」と言った具合に、保険会社の方が医者よりも力を持っている。(アメリカは「効果」が無い事・「改善」に繋がらない医療行為に対して保険会社は支払いを渋る・あるいは拒否する)

そこで、アメリカでは慢性疾患患者に関してはリフィル処方箋(リフィル refill :おかわり)というのが渡される。リフィル処方箋は1か月分の処方箋がx回まで医師への受診なしに繰り返し受けられる処方箋である(通常3回から4回が多い)。リフィル処方箋があれば3-4か月は外来受診の必要が無い。繰り返し薬局に処方箋を持って行くだけである。

これによってアメリカでは慢性疾患患者の外来受診回数が大幅に削減されている。日本でも、このリフィル処方箋の制度が始まったが、使っている医師は、まだ少ない。

また、プライマリー診療の外来診療における電子カルテ(EMR: electric medical record) の普及率も日本は大変低い(2021年現在)。

 

ちなみに、日本の外来で「医師が十分に診療に時間を割いている」と感じる人は、実に42%である。日本人が「患者に冷たい国」と信じて疑わないアメリカでは83%の人が満足している。日本よりも外来受診頻度の多い韓国、同程度のドイツやオランダにおいても満足度は81%・86%・94%と高い。「満足度」や「十分」という言葉に関する感覚は国によって・国民性によって差があるので、あるいは日本人の国民性が、先進国において跳び抜けて低い数字を出している原因かも知れない。が、日本の医療者も韓国・ドイツ・オランダ・アメリカの外来診療の実際を見てみるのも、日本における患者の満足度(外来診療の質)を上げるためには、参考になるかもしれない。

 

日本のプライマリー外来診療においても電子カルテが普及し、リフィル処方箋が活用されるようになって、医師の負担が減り、「患者中心の外来診療: People‑centredness of ambulatory care」が広がることを祈りたい。

2024年06月19日

アメリカの刑事司法制度 (American criminal justice system)


それぞれの国の医療制度は、その国の文化や宗教・価値観に基づき形成されて来たものであり、それぞれの国で違いがある。しかし、未だに「完璧な医療制度」は、どこの国にも存在しない。各国は、少しでも良い医療制度にしようと、常に改革を続け・努力を続けている。どの国の制度にも良い部分もあれば悪い(不完全な)部分もある。だから「あの国の医療制度は劣っている」と他国を蔑むことは必ずしも正しくない。

医療制度と同様に、司法制度、特に犯罪(刑事)司法制度(Criminal Justice System) も、それぞれの国の文化・宗教・価値観を取り入れて形成されて来た制度であるから、国によって異なる。こちらも、また、「完璧な犯罪司法制度」は存在しない。そのため、その国の国民から自国の犯罪司法制度で出された評決に関して不満が口にされることがある。

法には、大陸法(Civil law)と英米法(Common law)という、性質の大きく異なる2種の法体系がある。アメリカでは英米法(Common law) に基づき犯罪司法制度が成長してきた。一方、日本は明治維新の頃にドイツの制度(大陸法)の影響を強く受けながら司法制度を確立して来た経緯から大陸法(Civil law)による犯罪司法制度の色合いが強い。この大きな法制度の違いのため、日本人がアメリカの裁判を見た時に奇異に感じることがあるかもしれない。

アメリカ人の中には、自国の英米法(Common law)に基づく犯罪司法制度に批判的な人もおり、日本を始めとする大陸法(Civil law)による犯罪司法制度にするべきだと強く訴える人もいる。が、アメリカは、その建国の歴史に根差した英米法に基づく犯罪司法制度を維持している。

アメリカにおいても、日本においても、軽犯罪に関する裁判は、裁判官裁判である。検事が証拠を提示し、「被告(容疑者)が犯人であり、有罪である」ことを訴え、それに対してて被告の弁護人が反証する。そして、その遣り取りを聞いて、裁判官が有罪・無罪の判定をする。

日本を含めて、大陸法による犯罪司法制度の国においては、重犯罪に関しても裁判官あるいは一般市民が裁判官と共に裁判に当たる参審制であるが、英米法に根差しているアメリカにおいては重犯罪は陪審員裁判(裁判官は評議に参加しない)が基本である。

アメリカの場合、一般市民の中から12人の陪審員が選ばれ、彼ら・彼女らが、検事と弁護士の遣り取りを聞き、彼ら・彼女らの合議で有罪・無罪が確定する。判定は12人全員が一致した意見のみ採用される。陪審員の判定は有罪・無罪のみであり、有罪の場合の刑罰の重さ(量刑)については、裁判官に一任され、陪審員は関与しない。

陪審員は、その裁判が行われている裁判所のある街の運転免許センター(免許センターは、運転免許を持っていない人には公式IDカードを発行しているので、街の「住民登録所(日本の区役所・市役所)」の役割を果たしている)に登録されている成人市民の中から無作為に選ばれる。性別・年齢・人種・職業・学歴がバラバラな12人が選ばれるが、その街の住民の特性を反映する。黒人が多い地域ならば、陪審員に黒人が多くなるし、低所得者・低学歴居住者が多い地域ならば、陪審員に、そのような人が多くなる。(全ての住人が3-4年に1度の頻度で陪審員としての招集を受ける)

どのような陪審員が選ばれるかは、少なからず、判決に影響する。高学歴・高収入の人が多く住む地域での裁判と、低学歴・低収入の人が多く住む地域では、同じ裁判でも、その結果が違ってくる可能性がある。なので、どこで裁判が行われるかで判決に違いが出てくる可能性がある。(日本の場合は、「警察」が捜査をして証拠を集め、有罪を立証するに十分と判断すると「検察」に送致する。「検察」が証拠が十分と考えて「裁判所」に送る(起訴)すると、裁判では99%の確率で有罪になる)

同じ裁判なのに、裁判が行われる場所や、陪審員の構成によって判決が異なるのは「不公平」として、この陪審員裁判に否定的はアメリカ人は存在する。どこの裁判所でも、高い法律の知識を持った裁判官が評議・評決に加わる大陸法による犯罪司法制度の方が正しいと思っているアメリカ人も少なからずいる。

1991年の、ロサンゼルス暴動の契機となった「ロドニーキング氏殴打事件」は、複数の白人警官が、スピード違反で拘束されたキング氏を警棒で激しく殴打して重傷を負わせた一部始終を捉えたビデオが一般市民から提供されたが、全ての白人警官が無罪になった。

また1995年の「OJシンプソン氏元妻殺害事件」は、黒人の元人気スポーツ選手・俳優の OJ シンプソン氏が被告(容疑者)となったため、全米から注目を集め「世紀の裁判」と呼ばれ、 8ヶ月もの長きに渡り行われた。OJシンプソン氏の、離婚前の、白人の妻への繰り返す激しい家庭内暴力の事実や、多くの物的証拠や目撃証言があるにも関わらず、OJシンプソン氏は、評決の結果、無罪となった。(この裁判は、検察が「十分な証拠がある」と絶対の自信を持って、敢えて、黒人住民の多いロサンゼルスのダウンタウン地区の裁判所で裁判が行われた、と言われている)

アメリカの刑事裁判では「無罪」となった場合は、検察は控訴はしないので、一審での判決が最終判断となる。これらの刑事裁判は「無罪」で結審した。これらの「不可思議な判決」に対して、アメリカ市民は激しい怒りと不信感を露にしたが、アメリカ大統領は「アメリカの犯罪司法制度(American criminal Justice System) を支持する」と表明した。

日本においても、一般人が納得できない評決が出たり、起訴された場合の有罪率が99%と異常な高値であること、結審するまで数年ー十数年という時間が掛かることに不満を持つ人もいる。その点では、日本の犯罪司法制度も又、完璧とは言えない。

アメリカでは、建国以来の「一般市民の意見に基づき物事を決める」という価値観の下、批判もあるが、今でも、一般市民から選ばれた陪審員による裁判が尊重されている。

2024年05月22日

コロナ禍が残した爪痕/プライマリーケア診療の変質

 

コロナ禍は、医療者が患者から感染することを避けるために、患者に触れず・接近せずに、電話やビデオ通話を使っての診療「遠隔診療 Tele-medicine, Tele-health」を促進した。

 頻度の極めて高い、高血圧や高コレステロール血症・糖尿病などの慢性疾患の診療をするプライマリーケアは血液検査の値など、検査結果に基いて、治療の効果を判定する診療であり、遠隔診療で十分な管理が出来ることが再確認された。患者は採血などの検査のためだけに受診し、検査が終わると、医師に会うことなく帰宅する。その検査結果についての診療は自宅で、遠隔診療で行え、処方も遠隔で行えるというものである。

 遠隔診療は患者の受診時間(バスや電車・車による移動時間)・診察の待ち時間という肉体的・時間的な負担を大幅に軽減するが、「医療の質」は変化が無い事が再確認された。採血や検査も、病院では無く、自宅の近隣の検査センターで済ませられれば、更に患者にとっては大変な負担の軽減になる。

 今後、慢性疾患の管理に関しては、遠隔診療が標準化するかもしれない。慢性疾患だけでなく、抗がん剤治療の後や外科手術の後などの「経過観察診療」なども、検査結果を基にした診療であることが多いので、こちらも検査での受診は必要だが、検査結果の説明のための医師への受診は、遠隔診療が代替できる。現在行われている診療の多くの部分が遠隔診療に代替され、病院の待合室には、医師の直接の診察(視診・聴診・触診)が必要な患者に限定され、大幅に減らすことが可能となる。

 医師が行っている検査データによる判断は AI が代行可能である。また、医師のコンピューター操作の大部分を占めている「患者との会話内容のコンピューターへの入力」という作業も、音声認識 AIが代行することが可能である。AI は患者と医師との会話を「要約」し、問題点や重要な条項を箇条書きする事も出来る。AI が医師の仕事の大部分を瞬時に行ってくれる。これらの AI の機能は、医師の外来診療の作業を大幅に軽減する。

 このような遠隔診療と AI の浸透は、慢性疾患・経過観察のための定期受診の外来診療における医師の仕事を大幅に軽減になる。

 この際に「問題」となるのが医師に対する「診療報酬」である。ここまで診療作業が軽減された場合に、今までと同額の診療報酬が医師に支払われるべきなのか?それとも、大幅に低額化されるべきなのか?

 さらに法規制が変われば、遠隔診療は、人間の医師では無く AIが全て行うことが可能となる。日本の外来診療では、医療者は忙しく、まともに患者と接することが出来ないのが当たり前になっている。このような日本では、遠隔診療で AI のみによる診療に違和感を持つ人は少ない事だろう。Chat-GPT4o などは、感情を込めた会話をしてくれるので、不愛想で冷たい事務的な口調の医師と会話するより、安心感があることだろう。

 医師は、患者と接するのでは無く AI の診療内容が適性かどうかを審査する役目だけを担うことになるかもしれない。多数の「適性な AI による診療」の中で、不十分または不適切だと思われる診療を見つけて、患者に連絡し、医師への再受診を指示する医師だけが必要になるだろう。

 このような外来診療が実現すれば、一人の医師は、多くの患者の診療を行えるようになる。そうなれば、医師の「一人の患者当りの診療報酬」は大幅に下げることが可能であろう。

 このような外来診療の実現のためには、遠隔診療システムや AI の機能は既に十分であるから、「法改正」と「診療報酬の改訂」だけで可能であるだろう。

 プライマリーケア診療は遠隔診療と AI による診断・治療法の提示・処方が主体となり、人間の医師は「AIの間違い」を見つけられる少数の優れた医師のみで十分になるだろう。それは、国の医療費の大幅な削減を可能にする。同時にプライマリーケアに関わる人間の医療者数の大幅な削減を可能にする。

 技術者では無く、ロボットが自動車を組み立てるようになってから随分時間が経った。AI が搭載された無人タクシーが人を乗せてサンフランシスコの街を走り、戦場で AIを 搭載した無人の戦闘機が飛ぶ時代なっている。プライマリーケア外来を受診することの多い、頭痛・咽頭痛・咳・発熱・胃痛・腹痛・下痢・便秘などの一般的な疾患(コモン・ディジーズ)患者の診察(視診・聴診・触診)を機械が行う時代が直ぐに来るだろう。

 日本においては、既に、患者自身が、血圧や脈拍、体温、酸素濃度を自分で測定し、症状や心配な点を紙(問診票)に書いて提出するのが当たり前になっている。それに違和感を感じる患者は居なくなっている。記入した問診票の内容、AIへの口頭での症状の説明、機械による診察の結果に基づき、AI が診断を下したり、あるいは診断するために必要な更なる検査を提示したり、治療薬・処方を提示したりすることが可能になるであろう。AI が、時間を気にせず、どんな質問・疑問でも丁寧に答えてくれ、納得の行くまで親切に説明をしてくれるだろう。必要があれば専門医への紹介状を AI が書き、予約を取ってくれるようになるだろう。

 人間の医師は高度な専門性が必要な領域(救命救急や外科手術・カテーテル検査など)だけに従事するこのになるだろう。しかし、それさえも機械と AI が行う時代が来ることは間違いない。

 科学技術の進歩は、診療の姿を大きく変革し続けている。現代医学の父・オスラーの「「病」を診るだけでなく「人」を診よ」という言葉を否定し「体の故障している部品を直すこと・取り替えることが医師の仕事であり、医師は単なる技術者である」「患者との触れ合いは「患者との信頼関係」には関係が無い」と主張している医師達は正しかったのかもしれない。部品を直したり・交換したりすることは機械が最も得意とすることである。やがて医療行為は機械によって行われる時代が来るだろう。Chat-GPTを始めとする生成AI は、時間を気にせず、患者の声に耳を傾け、共感を持って、患者に寄り添ってくれるので、患者から不満の声が上がることは無いだろう。

忙しくて患者に向き合えない人間の医師に代わって、機械とAIが「病を持った「人」」を診てくれる時代が来るのだろう。

2024年05月06日

コロナ禍が残した爪痕/自分で診断する患者たち


新型コロナ・ウイルスは感染力の高いウィルスなので、診療に当たる医療者への感染も多数みられた。コロナ禍の中、患者から医療者へのウイルス感染を防ぐために、医師を含めて医療者は患者に触れないこと・診察しないことが標準化した。又、電話やビデオ電話による Tele-medicine (遠隔診察)が標準化し、それらを通した情報だけで高血圧や高脂血症のような慢性疾患の定期受診・処方は行われるようになった。

現代医療は、検査結果(血液検査や鼻水(鼻汁)の抗原検査など)や画像診断(レントゲンやCT検査など)など様々なデータに基づく診断が重要な位置を占めるようになっている。

新型コロナ大流行の中、その診断のための鼻汁の抗原検査が標準化し、診断キットが市販され、患者自身が自宅で測定することが頻繁に行われるようになった。また、体内の酸素濃度を測定するパルス・オキシメーターを自宅で購入して、患者自身が測定することが標準化し、重症度を患者が判断できるようになった。医師は、これらの結果により治療法を判断するようになり、患者に触れる身体診察が行われることは無くなって行った。

コロナ禍が去った今、医療費の高い(検査料金の高い)アメリカにおいては、未だに視診(目で見て診断する)・聴診(聴診器で音を聞いて診断する)や触診(手で触って診断する)など費用の掛からない医師による身体診察が診療に於いて最初に行われるものである。

が、医療費の安い(検査費の安い)先進国では、コロナ禍に入る前から、様々な検査を優先して、その検査結果に基いて診断に至ることも多くなり、患者に触れて診察すること・聴診器を当てることでは、コンピューターの中の検査結果以上の有用な情報を得ることは無いと考え、身体診察を「時間の無駄だ」と考えて行わず、コンピューターの中のデータだけを見て患者に説明をするような手抜きの医師が増えていた。その傾向がコロナ禍によって加速し、コロナ禍が去った後も、そのような手抜きな診療スタイルが定着してしまった国もある。

医学が進歩し、病の原因となる「異常が起きている部位」が特定されるようになった200年も前から、多くの医療職に関わる人たちの中では、自身を「異常が起きている部位の部品を修理・交換する技術者」と位置付ける者が多くなり、医療職という職業を「他の沢山のある職業の中の一つであり、特別な職では無い。自分が、たまたま選んだ職業」と思う者が増えた。医療職を、神父や教師、警察官などの「聖職」と思う者が少なくなった。

それに対して現代医学教育の父と呼ばれるオスラー医師は「良い医師は「病」を診るが、優れた医師は病を持った「人」を診る」「医療職は神から許された職であり、他の職と異なる」と戒めたが、現在では、このオスラー医師の言葉を激しく否定する医療者は多い。

故障している箇所を見つけ、その部品を修理・交換し、その修理が出来ないと判断すると「現代医療では治せません」と言って放り出す「技術者としての言動」に徹する医療者を目にすることは多く、一般市民から「医療者としての適性」を疑われる者も増えている。

それでも、キリスト教を信じる人が多い欧米では、キリストが病める人を治す際に「手当て」として、患者に触れることを最初に行ったとの言い伝えから、未だに患者に触れること、身体診察の重要性を訴える医師は多い。患者との対話や体に触れて診察する事で、医師・患者間の信頼が生まれると訴える医師は多い。

しかし、そのような価値観の無い国の中には、「患者との対話」や「診察による患者との触れ合い」は「医師患者間の信頼関係の基礎」では無く、「治療の成功」と「診断・診療の迅速性」が患者/家族が求めるものと、「患者との会話」や「触れ合い」の重要性を強く否定する医療者も多い。

コロナ禍は医療の形を大きく変えてしまった。医学的診断キットや医療機器を患者各人が手に入れ、医師が行ってきた「検査」の部分を患者が行えるようになった。これを契機として、医療の形が根本から変化しつつある。もう医療の形がコロナ前に戻ることは無いだろう。

2024年05月06日

コロナ禍が医療に残した爪痕/ whatever it takes.


2019年に始まり世界中を覆いつくした新型コロナウイルス COVID-19 によるパンデミック(コロナ禍)は世界全体に大きな損害を与えた。

高齢者を中心に、呼吸不全で多くの患者が命を落とし、感染の伝番を抑えるために自宅での生活を余儀なくされ、多くの飲食店が休業することを強要された。このため経済活動が停滞し、多くの人が職を失い、飲食店を中心に多くの店が閉店を余儀なくされた。

経済活動・貨幣の流通の活性化を目的とした巨額の補助金・給付金の市民への支給は急激な物価の上昇(インフレ)を引き起こした。貨幣の流通の急激な増加は「持てる者」と「持たざる者」の格差を拡大し、貧困層の急激な増加・ホームレスの大量発生という社会的大災害(Social Crisis) を引き起こし、街の治安は加速度的に悪くなって行った。

人々の不満は、白人警官による黒人男性への暴力ならびにその後の死を発火点として、全米で Black Lives Matter (ブラック・ライブズ・マター)運動という形で爆発した。多くの都市で暴動・放火・略奪が起こり、全米を混沌の中に引きづり落とした。

今も、激しいインフレ・大量のホームレス・治安の悪化・貧富の差の拡大が加速している。こんな中、保守的な思考が全米を支配し始め、移民排除や女性の権利の剥奪など、160年前の白人優位・男性優位のアメリカを懐かしむかのような人々が増える異常な事態がアメリカでは起きている。

コロナ禍を契機としたアメリカの混乱は医療の世界にも大きな爪痕を残し、アメリカの医療体制を根幹から揺るがせている。

コロナ禍の中、その異常な診療数に疲弊した医療者達が、若手を中心に次々と自ら命を絶ち、あるいは職場を放棄して、医療の最前線で病と闘うことを辞めて行っていた。鬱病を中心とした精神疾患を患う若手医療者が急激に増えた。

この背景に①医療者になるための過酷で長いトレー二ング期間 ②若い医療者が「鬱病は心の弱い者の病」という偏見を恐れ、自身の不安定な精神状態に対して助けを求める声を上げられない医療現場の閉鎖性 ③若い医療者の将来を左右する大きな力を持つ上司である医師達と若手医療者達の「歪んだ力関係」 が大きな圧力となって若手医療者の精神を蝕んでいった。

コロナ禍は、その過酷なトレーニング・厳しい職場/労働環境・歪んだ人間関係を 辛うじて耐え忍んで一人前になることで抜け出していた若手医療者達を、一気に押し潰してしまう大きな圧力になった。

 治療法も分からず、致死性の高いウイルスに、防護服を着て、長時間に渡って、止めどなく押し寄せる多くの患者を、「医療者の使命だ」という理不尽な声に押されて、休みなく診療することを強要され続ける若手医療者達の精神が、それほど時間が掛かることなく、根底から破壊されてしまうのは容易に想像が付いた。

 現在、アメリカでは多くの若い医療者が心を病み、重責を担う困難な診療を避け、医療現場からさえ離れて行ってしまっている。

医療者が精神を病んで職場を放棄したなら、新たな医療者を作れば良い、、、という、医療者の自死や燃え尽きの根源を断ち切らずに、次々と新しい医療者を作ることは、同時に大量の「犠牲者」を生み出すことであり、問題の解決どころか、問題の拡大になる。

 アメリカは、医療者の学生教育・トレーニングシステムの見直し、若手医療者の精神状態のケア、更には、職場における、いびつな上司との力関係の改善など、多くの改革をして、若手の医療者が健全な心で、上司からの圧力や恐怖を感じることなく、生き生きと成長できる・自由に職場を選べる環境を整える必要がある。

 コロナ禍はアメリカの医療の姿を根底から変えてしまった。決してコロナ禍前の姿に戻ることは無い。アメリカは全力を掛けて、この混乱を修正しなければならない。時として、それは「一から作り直す」ことかもしれない。アメリカは、若手医療者が心を病み、次々と去って行き、粉々になってしまった医療体制を、何を置いても(whatever it takes) 立て直さなければならない。

 ジョー・バイデン大統領の下、コロナ禍の中、過酷な職務によって心を病み自ら命を絶った優秀な若手救命救急医 Dr. Lorna Breen 医師の名を冠した法案「Dr. Lorna Breen Health Care Provider Protection Act」が成立した。アメリカでは若い医療者を救う方策を捜し始めている。これによって多くの若手医療者が救われることが望まれる。

アメリカは何を置いても(whatever it takes) 医療系学生・若手医療者を守る必要がある。

Dr. Lorna Breen Heroes’ Foundation
https://www.youtube.com/watch?v=RK4hBcB6hvU

2024年04月24日

患者のプライバシーと医療情報/ネットの中の患者デイブ e-Patient Dave


2000年代、世の中にインターネットが普及し、多くの人が e-mail (メール)や e-commerce (ネット通販)を使うようになり、iPod や iPhone などが発売された頃、i-Patient (i- 患者)や e-Patient などという言葉がアメリカの医療現場では使われるようになった。

電子カルテの患者データばかり見て、患者に触れて直接診察しない研修医や医学生に対して「e-patient のことは分かったから real patient (実際の患者)の事を話してくれないか?」「君の i-patient は、随分元気になったようだが、real patient も元気になっているのかい?」と、手抜きの診療をすることを戒めるために使われ始めた言葉だった。

このように、アメリカの医療の現場にデジタル化の波が押し寄せ、電子カルテ上で、カルテの記載内容・検査データだけでなく、患者の家族構成・過去の病歴など、全ての患者医療情報が簡単に、院内の、どのコンピューター端末からでもアクセスし閲覧できるようになった頃、倫理観の欠如した医療者たちによる「医療情報の共有」を口実にした、医療情報の「のぞき見」「盗み見」が横行するようになった。

診療に関わらない、患者が、その顔を見たことも無い・名前も知らない医療者が、その患者の最も重要な個人情報である医療情報を「患者から明瞭な許可」を得ることも無く閲覧するというプライバシーの侵害が横行し始めた。

多くの病院で、まるで「医療者は、どんな患者の、どんな情報でも、自由に閲覧する権利がある」というパターナリズム(父権主義)に捕らわれた態度で「のぞき見」「盗み見」するという、人権意識の欠けた医療者が増え始めた。

全米で五本の指に入る一流病院であるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) 附属病院において、ハリウッドの人気歌手・ブリトニー・スピアーズが入院した際に、彼女の診療メンバーではない医師6名が、彼女の電子カルテを盗み見していた事実が発覚し、その医療者の倫理観の低さ・医療情報の扱いのいい加減さに全米が驚き・怒った。

これほどの一流病院で、そのような倫理観の欠如した人間が医師として働き、そのようなプライバシー侵害が簡単に行われている事実に多くの人が驚いた。 その後、有名人のカルテの内容がタブロイド紙に掲載されるという医療現場でのスキャンダルまで起きた。

これらの「犯罪」に対して、多額の罰金が、その医療者・病院職員と病院に対して課せられた。それ以降、病院における医療情報の管理と「のぞき見」「盗み見」の監視・処罰の徹底と医療者・病院職員への倫理教育の徹底が取られた。

医療におけるデジタル化の普及(Dx デジタル・トランスフォーメーション)は、医療データの永久保存・データの他の医師への移送の簡便化・医療者間での指示の伝達の間違いの回避・薬剤容量の誤入力/重複処方などの間違いの早期発見などなど多くの点で有益な部分もあったが、医師・医療者の患者に向き合う姿勢・患者の人権に対する姿勢が間違った方向に向かという負の部分も見えてきていた。

このような中、一人の匿名の患者 e-patient Dave (ネットの中の患者・デイブ)の行動がアメリカ医療界に大きな変革をもたらした。

彼の行動は「患者の権利の擁護運動」として、欧米の医療体制を大きく変えていった。

e-patient Dave (ネットの中の患者・デイブ)で知られる、デイブ・デブロンカート Dave deBronkart は、2007年に末期の腎臓癌と診断され、医師から「治療法はない」と言われた。その医師の判断に納得できなかった彼は、医師から、彼自身に関する全ての医療データを受け取り、それをネット上で公開し「私を治す治療法は本当に無いのでしょうか?」と、自身の素性を明かさずに e-patient Dave (ネットの中の患者・デイブ)と名乗って世界中に問い掛けた。

すると、ある医師から「大量インターロイキン2療法が有効かもしれない」との申し出があり、彼は、その申し出た医師の下で、その治療を受けて癌を克服した。

彼は、医師が作成した医療記録を入手した際に、カルテ内に多くの「誇張した表現」や「間違った内容」が記載されていることに気付き、この訂正を医師に求めた。 医師が作成した医療記録には多くの間違い・誇張があることがあり、それを患者が見つけて、訂正を要求する権利があることを訴えた。

更に、彼は、医療情報は患者自身のものであり、それを用いて、治療法を患者自身が探すことは、患者の権利であると訴えた。

彼は、この患者の権利に関する考えを広めようと、実名を公開し、様々な場所で、彼自身の物語を語り、考えを語った。彼の訴えは「患者の権利の擁護運動 Patient Activism」として世界中に広がった。

彼の考えは欧米で受け入れられ、患者が自身の医療情報(電子カルテの内容)を無料で全て手に入れ、それを持って治療法について他の医師に相談に行き、患者自身が治療法を探すことが「患者の当然の権利」となった。

現在、アメリカの医療界には人工知能(AI)が急速な勢いで導入されている。アメリカが経験したDx の波の際に見られた「負の部分」がAIの導入にもある。

アメリカの医療者が再び「間違った方向」に進まないことを祈るばかりである。そして、医療者が間違った方向に進みそうになったら、国民が声を上げて、その怒りを表し、医療者が「間違った方向」に向かわないようにすることが重要なのは Dx の時と同様である。


Dave deBronkart: Meet e-Patient Dave https://www.youtube.com/watch?v=oTxvic-NnAM

2024年04月19日

アメリカの医療「お医者さんが直ぐに診てくれない」/医師の過重労働の回避のための方策


アメリカの医療の最大の問題は「医療費が高過ぎる」という点だというのはアメリカ国民の全てが思っていることです。アメリカの医療費は GDP比で16.6%を示しており世界一です。2位のドイツ・3位のフランス・4位の日本の12.7%・12.1%・11.5%を大きく引き離して極めて高い値を示しています(2022年時点)。医療費が払い切れずに自己破産する人が多数おり、深刻な問題になっています。

これは「大病」をした人が、その高額な医療費のために、保険に入っていて自己負担額は総医療費の1割であっても、自己負担額の総額が数百万円に上り、払い切れなくなるという事態が起こるからです。ですので、大病をしていない一般の人にとっては、必ずしも、直面している問題ではありません。高血圧や高コレステロール血症などの慢性的な病気で定期通院している患者の医療費(自己負担額)は日本と同様、あるいは日本より安いくらいです。

多くのアメリカ人にとって、医療において直面している問題は「お医者さんが直ぐに診てくれない」というものです。

アメリカでは、病院を受診する場合は、必ず「事前予約」が必要です。予約のために、病院・クリニックに電話をしたり、インターネットで予約サイトから予約を取ります。この際、必ず「緊急性がある場合は救急車を呼んで救急病院の救急室を至急受診して下さい」というメッセージが自動音声で流れたり、表示されたりします。

アメリカで病院・クリニックの受診の事前予約を取ろうとすると、予約が取れるのは数日後からです。決して、当日や翌日には予約が取れません。朝から下痢がひどく・お腹が痛くてお医者さんに診て欲しくて予約を取ろうとしても、翌々日以降にしか予約が取れません。至急、診察を受けたい時には「救急病院の救急室」に行くしかないのです。

日本であれば、朝に電話して、その日の午前中に予約が取れたりします。また、予約を取らずに直接クリニックや病院に行って、順番待ちをすれば、必ず、医師が診察してくれます。しかし、アメリカでは、医師の過重労働を無くすために、外来診療は厳格な予約制になっています。予約外の患者は、通常の外来では、決して、医師は診療してくれないシステムになっています。ですから、アメリカの通常の外来待合室は、いつも空いています。日本のような混雑した待合室を通常の外来診療室の前で見かけることはアメリカではありません。また、症状に苦しみならがら順番を待つ患者も、アメリカの通常の外来待合室では見かけることはありません。

(医師の過重労働を避けるために、医師が診察する外来患者数は厳格に規定されており、その数を越える診療は行わないシステムになっています。日本の「病院へ来た人は全て診る」「受診者数に制限は無い」という外来システムとは大きく異なります)

さて、朝から下痢が酷く・お腹の痛みが酷い、市販薬を飲んだけれども良くならない、急いで医師に診て欲しいという場合は、アメリカでは「救急病院の救急室」に行くしかありません。家族に送ってもらって、救急病院の救急室にたどり着くと、平日の昼間でも、50人以上の患者さんが診察待ちをしています(夜間になると100人以上が待っていたりします)。狭い救急室の待合室は常に受診患者で一杯です。椅子が足りなくなって、廊下で、ストレッチャーの上に寝かされて診察の順番を待っている患者も多数います。

救急室に着くと、看護師・医師が簡単な診察をして、重症度を診てトリアージ(診察の優先順位の決定)をします。「軽症」と判断されると、3-4時間待ち(混んでいる時には8-10時間待たされることもあります)になります。心筋梗塞や喘息発作・出血が続く怪我など重症のものは、最優先で、待ち時間無しで医師の診察・検査・治療が開始されますが、そのような緊急性の高い重症の病気・怪我でなければ、長時間待たされます。

発熱や頭痛・腹痛・下痢・食欲不振など様々な症状の患者が3-4時間、救急外来で、自分の診療の順番を待っています。いくら、自分自身あるいは家族が「これは重症だから最優先で診療するべきだ!」と訴えても、医師・看護師の診察による医学的な緊急度の判定が「低」と判断されたら、診察の順位は遅くなります。待合室の中では、10-20分毎に医師・看護師が巡回しており、患者の状態をチェックし、診察の優先順位を再評価しています。急に状態が悪化した場合には、直ぐに診察に回されます。長時間待っていても、重症患者が担ぎ込まれると、医療者たちは、そちらを優先してしまい、その重症者の治療に掛かり切りになります。軽症者の治療は更に遅れることになります。

ちなみに通常の救急室ですと、重症から軽症まで、さまざまな重症度の患者が次々と訪れ、常時50人以上の患者が待っていますが、それ対して救急医は1-2名(+研修医が2-3名)です。(アメリカの医療ドラマの中には、このような「混沌」とした救急現場を題材にしたものが多数あります)

朝から下痢をしていて・お腹が痛くて、家族に車で救急室まで送ってもらって、診察を4時間待っている間に、市販薬が効いてきて、下痢も腹痛も収まり「治ったので、もう良いです」と言って帰ってしまう患者も多いです。また、4時間待って診察を受け、薬を処方してもらうと、「救急医療」の扱いになるので、何万円もの医療費の請求が後日、保険会社から送られて来たりします。

このように、救急室に行くと「ヒドイ目」に合うので、多くのアメリカ人が「自分は重症だ」と思わなければ救急室を受診するのを躊躇します。

ちなみに、高い保険の PPO 保険に入っていても、救急の現場では、扱いは一緒です。PPOに入っているからといって優先的に診てもらえるわけではありません。救急室では保険の種類によらず、無保険の人であっても、診察の順番は医学的な緊急度の高低で決定されます。救急医療においては、医師は、保険の有無・種類に関わらず全力で診療します。本来は、保険会社からの「事前許可」が医療行為の前には必要な HMO 保険の患者であっても、そのような時間的な損失になる作業は一切行わず、医師が「最善」と思う医療を遅滞なく行います。(HMO 保険の場合は、保険会社が事後に審査し「これは必要なかった」と判定されると、その検査費や治療費は全額自費扱いになり、信じられないような高額な請求がされることがあります。PPO保険であれば、救急医療でも1割負担で済みます)

日本で言われている「アメリカの救命救急の現場では、保険の種類が確認され、安い保険だと診察を受けられない」「クレジット・カードを持っていないと、診察もされずに救急室を追い出される」というのは「虚構の世界」のテレビや映画のドラマの中の「嘘」であり、現実には、そのような行為は「犯罪」です。決して行われていません。救急診療において患者を保険によって差別することは医師免許を剥奪されるくらいの人権に対する重い犯罪です。

このような「お医者さんが直ぐに診てくれない」という問題がありますが、多くのアメリカ人は「軽症なのに安易に診察を受けられる様になったら、アメリカの医療費は更に増加してしまう」と感じているので、この不便な体制を受け入れていま。

2024年04月01日

アメリカではお金の無い人は良い医療を受けられない?


「アメリカは何でもお金」の社会と思っている方は日本には多いかもしれません。医療においても「お金持ちは大切にされ、お金の無い人には冷たい」「アメリカの医療ではお金の無い人は良い治療を受けられない」と信じている方も多いと思います。多くのアメリカ人も、そう思っています。

 アメリカには大きく分けて、保険料(保険の掛け金)の高い PPO という医療保険と、安い HMO という医療保険があります。これは掛け金が大きく異なるので、経済的に裕福な人が PPO を選びます。PPO の方が良い先生に診てもらえるし、良い治療を受けられると多くのアメリカ人が信じています。

 この PPO と HMO の医師の側に取っての大きな違いは、以下のようなものです。
HMO では、検査や治療をする前に、必ず保険会社に、その内容を報告し、保険会社からの「事前許可」を貰ってからしか検査も治療も行うことが出来ない、という不便さがあります。医師は書類を余計に作らなければならないですし、保険会社での審査を待たなければならない(至急判断が必要なものは1-2時間で返事が来ます。緊急性が無いものでれば 1ー数日の審査時間を要します)という時間的な損失が生じます。何よりも、医師が「これが診断には必要な検査だ」「これが最善の治療法だ」と思っとことに対して、保険会社の医師が審査し「この検査は出しても良い。これはダメ」と言ってくる体制に、診療に自信を持っている医師たちはプライドを傷つけられます。
 一方、PPO は、医師が決めたことは何でも直ぐに行って良い保険です。医師の診療行為に審査は無く、医療行為に対する報酬も100%支払われます。


 但し、保険会社の方も、出鱈目な診療をして過剰な検査や治療を行う医師に PPO 保険の患者を診療させる訳には行かないので、保険会社も各医師の能力を審査して「あなたは PPO 患者を診療しても良いです。あなたはダメです」とランク分けをします。PPO 保険患者を診療している医師でも、あまりに酷い出鱈目な検査や治療を繰り返すようなら「PPO 保険患者の診療を禁止します」と、診療対象患者の保険を制限することがあります。カルテを正しく記載しているか?嘘の病名を書いて(不必要な治療薬を使って医療費を水増しして)いないか?ガイドラインに従った検査・治療を正しく行っているか?など、その医師の日々の診療姿勢が審査されます。保険会社から「PPO保険患者の診療をしても良い」と言われることは、一人前の善良な医師と認められた証とも言えます。


 多くの医師が PPO 保険を持っている患者を好み、HMO 保険の患者を敬遠したくなります。そして医師には、患者の持っている保険の種類に基づいて、患者を選別することが許されているので(PPO保険の患者を診療することを保険会社から許可されている医師の中には)「PPO 保険の患者さんだけを診察します」と言う人がいます。経験豊かで能力の高い、人気の高い医師は「PPO保険患者のみ」と掲示している事が多いです。


 一般の方の多くが「医者によって能力に差がある。藪医者には掛かりたくない」と思って、インターネットなどで医師の経歴を調べてから、その医師の外来の予約を取ります。経験年数の浅い若い医者は、どうしても敬遠されるので、そのような医師は(保険会社から、まだ PPO保険患者を診療することを許されていなかったりするので)「HMO 保険も受け付けます」と表示しています。HMO 保険の患者さんは、こういった医師の外来を予約することになります。
 若い医師の中には、経験を積んで、知名度を上げ、保険会社から PPO保険患者を診療することが許されると、「HMOなど どんな保険でも受け付けます」から「PPO保険患者のみ」に切り替えてしまう医師もいます。その方が、書類作業も減りますし、プライドも保てるからです。多くの有名病院には優れた先生方が在籍しているので PPO 保険の患者しか診療しない医師が多いことがあります。逆に、あまり質の高くない病院には、経験も知識も十分でない医師が多く HMO 患者も受け付けてくれる所が多いです。


 しかし、実際の所「患者を社会的な差異によって区別してはならない」と教育されてきている医師達なので、有名病院の名医の先生の中にも「全ての保険の方を受け入れます」「生活保護の方の診療も致します」と言う先生方は多いです。(多くの有名病院は「地域病院」として登録しており、免税の特権を持っています。このため、地域の住民、特に貧困層の患者を、一定数受け入れる義務を負っています。ですので、有名病院であっても、一定数の経済的に困窮している人達が診療を受けています)

 このようなシステムのため(経済的な高低で差別しない名医の先生方も多くいらっしゃるにも関わらず)「お金の無い人は良い医師に掛かれない」「お金があれば良い医師に診てもらえる。お金が無いと悪い医者にしか掛かれない」と言われるようになってしまっているのです。 

 外来診療では、このような状態ですが、入院しても状況は同じです。入院後の担当医が「この検査をする必要ある」「この治療が最善である」と考えても、HMOの保険であれば、事前許可が必要なので、一々、保険会社への問い合わせが必要です。PPOであれば、遅滞なく、医師の考える検査・治療を行ってもらえます。

 では、診断・治療内容に差があるか?と聞かれれば、、、その差はありません。HMO保険の患者を診療している医師であっても、保険会社の審査員医師が指導して正しい医療が行われるようになっているからです。ただ、審査・事前許可の手続きを繰り返すので、時間が相当掛かってしまうという欠点は残ります。また、入院の際の個室や食事は HMO であっても PPO であっても同じです。アメリカは個室が標準ですが、日本の様に個室代(差額ベッド料金)を取られることはありません。また、どちらの保険であっても、医療に対する支払い額(自己負担額)は総医療費の1割程度です。

 ただ、非常に成功率が低い治療や効果が十分に検証されていないような新しい治療を医師が「イチかバチかに掛けましょう」と提案した際に、PPO保険の人は受けられますが、HMO保険の人の場合は、その成功率に低さ・治療効果の不確定さから、保険会社が許可を出さず、受けられない事があります。これが「お金がないと良い医療は受けられない」と言われる原因になっています。勿論、治療効果の確定している標準治療は PPO でもHMO であっても同様に受けることが出来ます。

 旅行者がアメリカの病院に掛かる場合は、日本の旅行保険に事前許可のシステムはありません。ですので、外来であっても入院であっても、医師は PPO保険患者のように、最善と思う検査や治療を遅滞なく行います。

2024年03月27日

アメリカの救急車は どれくらい高い?


「アメリカでは救急車は有料」「病気をした時でも、救急車の料金は高いから、患者は『救急車は呼ばないで!』と言う」という話を聞いたことがある日本の方は多いと思います。

 アメリカの救急車は、どれくらい高いのだろう?と疑問に思っている人は多いでしょう。また、アメリカを旅行で訪れると、救急車が走っているのを見かけることがあります。そんな高い救急車の料金を、どうやって払っているのだろう?と疑問に思う人も多いでしょう。

 救急車を呼ぶと、救急隊と救急車が駆け付けます。そして、患者に基本的な医療処置をして近隣の救急病院まで搬送します。救急車を呼んで、救命蘇生(心臓マッサージなど)をしてもらって、搬送してもらうと平均で1,300ドル(20万円)の請求が来ると言われています。このうち、救命措置が850ドル(14万円)・搬送料が450ドル(6万円)だとされています。


 もし、救命蘇生措置を行わなずに搬送料だけなら450ドル(6万円)になるわけです。搬送料は、移送距離により料金が上がり、夜間・深夜の割増料金も加算されるので、何キロくらい離れた病院に運ばれたか?何時ごろに運ばれたか?で多少料金が変わって来ます。搬送料金としては「タクシーの10倍の値段」という感じになると思います。

 さて、支払いですが、患者が救命救急病院に運ばれ、医師が診察して「救急搬送が必要な重い疾患であった」と判断すると、その事が書類に書き込まれ、全額(あるいは9割)を保険会社が支払ってくれます。ですので、1,300ドル(20万円)のうち2万円の負担、あるいはゼロです。救命蘇生措置が行われなければ、請求額は450ドル(6万円)の1割の6000円あるいはゼロです。

 救命蘇生措置が必要なほどの重症な状態であれば、必ず医師は「重い病気」と判断し、保険会社が支払ってくれます。問題なのは「救命蘇生措置が必要なさそうな軽い病気」の場合です。この場合に、もし、保険会社の支払いが無ければ、450ドル(6万円)の救急車使用料を自分で支払わなけれななりません。お金に余裕のある人なら、6万円の搬送料は、高額ではありますが、払える額かもしれません。
 しかし、一般の方は「救命蘇生措置は必要なさそうだ」と感じ、「タクシーを呼んで病院に行けそうだ」とか「家族に運転してもらって、病院に行けそうだ」と思ったら、6万円も掛かる救急車を呼ぶことはありません。

 ちなみに、アメリカでは病院で治療を受けた後に、多くの場合、病院窓口での支払いはゼロか、5-20ドルのビジット・フィー(外来訪問料)だけです。後日、救急車の会社や保険会社から請求書が郵送で自宅に届きます(病院から請求書が届くことはありません。病院は請求書を保険会社に送り、支払ってもらっています)。

 救急車の会社からの請求が届くと緊張しますが、それを開いた時に「救急搬送料 ゼロ」と書いてあると、少しホッとします。

 時々ですが、救急の医師が、救急室の忙しさのために救急隊への書類を十分に書き込んでいない時があり、重い病気で救急病院を受診したにも関わらず「高額な救急搬送料金」が請求されて来ることがあります。そんな時は、救急病院の医師宛にメールで、請求書のPDFファイルと、サービス番号(処置番号)と名前やID 番号・受診日などを書いて「高額な救急搬送料の請求が来ています。書類上の間違いでは無いでしょうか?ご確認願います」と書いて送ると、医師から「私の記入ミスです。その料金は支払わないで下さい。至急、救急車の会社への書類を修正して、救急車の会社から新しい請求書が行きます」というメールの返信があって一件落着します。

 忙しい救急病院の外来では、書類の不備は頻繁にあることなので、患者は、その都度、確認のメールを送って修正してもらいます。(多くの病院が、電話ではなく、メールでの遣り取りで対応してくれています。メールでの病院との遣り取りは公文書・正式書類として取り扱われます) 

このようなシステムのために、アメリカでは、軽い病気で救急車を呼ぶ人は居ませんし、高額な救急搬送料を支払う人もいません。

 日本で良く見られることですが「どこの病院に行ったら良いか分からないので救急車を呼んで連れてってもらおう」「救急車で受診すると最優先で診てもらえる」というのがあります。

 が、アメリカの場合「救急病院」と看板を掲げている病院であれば、自家用車や徒歩で受診しても「救急科」を受診すれば、必ず診療してくれます。医師・看護師が直ぐにチェックして、その救急病院で対応できない疾患や症状であれば、対応可能な病院を、その病院のスタッフが捜してくれて、その病院への受け入れの可否まで確認してくれます。必要があれば救急車で、その病院まで送ってくれます(アメリカでは、法律で「対応可能な他の医療施設への受診まで調整すること」が各医療機関に義務付けられているので、「後は自分で捜して下さい」などと放り出されることはありません)

 また、救急車で受診した患者でも、医師・看護師が直ぐに「トリアージ」という重症度による診察の優先順位が付けられるので、重症度が低いと判断されると、後回しにされ、先に治療を受けることは出来ません。

2024年03月22日

アメリカの政府と価値観


アメリカの政治は、保守の共和党と革新の民主党に二分される。この二党の間で、その価値観は大きく異なる。なので、どの政党から大統領が出るのか?どの政党が議会で優位を占めているか?で国の方向性もコロコロと変化する。

 ドナルド・トランプが大統領を務めた2016年ころからアメリカは保守化の傾向を強くしている(だから、保守のドナルドが大統領に選ばれたという側面もある)。

アメリカは根本的な価値観さえも、政権の行方で、大きく変化する。

妊娠中絶は女性の権利として長い間、全米で広く認められてきたが、2016年ころから、多くの保守的な州で、新たな州法を可決して、妊娠中絶を禁止している。禁止をする州は次々と増えている。

古いキリスト教の価値観においては、妊娠中絶は胎児の命を奪う悪の行為であるとされている。紀元前に活躍した医聖・ヒポクラテスも、その「ヒポクラテスの誓い」の中で「医師は中絶を行ってはいけない」と明確に記載しているように、太古には妊娠中絶は悪とされていた。

アメリカでは保守的な勢力が増え、古い価値観が復権して、近代・現代に確立してきた価値観・基準が否定されつつある。

妊娠中絶が違法とされれば、怪しげな施設で、秘密裏に妊娠中絶をする人が増えてくる。そのことは、患者の健康を危険に曝すことになる、と憤る医療者は多い。

古い価値観の復権は性的マイノリティーLGBTQにも大きな脅威になっている。多くの保守的な(共和党の強い)州でLGBTQ のホルモン治療や性転換手術(Gender- affirming care 性別適合ケア)を禁止し始めている。

古いキリスト教的な価値観は中絶を否定し・LGBTQを否定する。革新的な価値観は、これらを受け入れる。アメリカにおいては、この二つの価値観が拮抗しており、現在は古い価値観が大勢を占めようとしている。中絶の権利やLGBTQの権利は天から降ってきた、誰もが黙って納得する根源的な権利では無い。これらの権利を守るためには、社会への継続的な働き掛けが必要である。

Ulrich MR. Practicing Medicine in the Culture Wars - Gender-Affirming Care and the Battles over Clinician Autonomy. N Engl J Med. 2024 Feb 29;390(9):779-781.
 

2024年03月11日

アメリカ大統領選挙1


アメリカの大統領選挙は4年毎に行われる。2024年は大統領選挙の年である。

アメリカは民主党と共和党の二つの政党による二大政党政治なので、それぞれの政党が大統領候補を立てて、一騎打ちの形の選挙が11月に行われる。

それぞれの政党が2月から、大統領候補の選出のための党内での候補者選び選挙(日本では「予備選挙」と呼ぶことが多い)を行う。アメリカでは2期まで大統領を勤められるので、1期目の終わる民主党の現職の大統領であるジョー・バイデンは自動的に民主党の候補に上がる。まったく無風の候補者選びなので民主党の話は、11月の本選までは、ほとんど出てこない(ミッシェル・オバマに立候補して欲しいと訴えている民主党支持者も多かったが、ミッシェルは正式に辞退している)。

一方、対立する共和党の大統領候補選びはテレビ・ラジオ・新聞・SNS で大々的に報じられるので、多くの国民が関心を寄せる。候補者選びの選挙は、各党の内輪の選挙であって、正式な選挙ではない。なので、州によって、選挙方法が全然異なる。州によっては党員登録している人だけが投票できるシステムになっていたり、また別の州では、完全にオープンで、州民だったら誰でも投票できる形になっていたりする。大統領選挙の年には、スーパーマーケットの入り口や、デパートのフロア、道端など、あちこちで「党員登録サービス」を行っている。アメリカ国民であれば、誰でも簡単に党員登録できる。(党員登録したからと言って、その政党に投票する義務は、必ずしもない)

11月の本選まで、それぞれの党が大統領候補の選出のための選挙を行っていく。各州で結果がでるたびに「〇〇が勝った」と報道されるが、15もの州の選挙が行われる3月の第2週の選挙はスーパー・チューズデーと呼ばれ、候補の決定が見通せる大きな選挙日である(アメリカでは、全ての選挙が火曜日と決まっている。全ての職場で、この選挙の火曜日には「半日休み」が保障されていて、皆が選挙に行く*)。

各党の候補者選びは「もう勝てそうもない」と思った候補が、次々と辞退して行って、最終候補が決まる。無駄な選挙を続けると、資金をドブに捨てる形になってしまうからである。

しかし、、、、2004年の 民主党のハワード・ディーン候補のように、絶対的に有利と言われていた候補が、テレビの生放送中の「失態」がもとで、一夜にして、国民からソッポを向かれ、候補から脱落することもあるので、目が離せない。(民主党が自滅したお陰で、「再選は絶対に無理」と言われていたジョージ W ブッシュが2004年に再選し、バブル景気を放置し、2008年のリーマン・ショック(アメリカのバブル経済崩壊)に繋がることになった、とも言われている)

2024年の11月の大統領選挙は民主党のジョー・バイデンと共和党のドナルド・トランプの一騎打ちなるが、さて、どちらが勝つのか?

*キリスト教では日曜は「安息日」とさいれているので、キリスト教徒の多いアメリカでは、日曜に選挙は行えない。昔は、月曜に馬車に乗って1日かけて選挙所まで投票に出かけたので、火曜日を投票日とするのが国全体のルールになった。アメリカでは今でも200年以上前に出来た選挙日に関するルールを守って、火曜日を「選挙の日」としている。(今時、デパートもスーパーもディズニー・ランドもユニバーサル・スタジオも日曜営業しており、日曜日を「安息日」にしているキリスト教徒など皆無だが、選挙日だけは昔のルールのままである) 

2024年03月07日

臨床試験の名前


治療の効果を医学的に検証するために臨床試験が行われる。同じ病気の人を集めて、治療薬 A で治療する人・治療薬Bで治療する人の2グループに分け、それぞれのグループでの有効率を比較する。こうすることで A・B の二つの治療薬のうち、どちらが優れているかを確認するのが臨床試験である。

臨床試験には名前を付けることが多い。例えば、Nivolumab (商品名 オプジーボ)という免疫チェック・ポイント阻害剤の治療効果を確認するための臨床試験は CheckMate と名付けられている。CheckMate-1 試験、CheckMate-2試験...などと呼ばれる。多くの方がご存じの通り CheckMate はチェスの「王手」のことである。

多発性骨髄腫の治療薬である抗CD38抗体ダラツムマブを用いた臨床試験はカシオペア(Cassiopeia) 試験と名付けられている。勿論、誰もが知る星座のカシオペア座から取った名前である。

再発・難治性リンパ腫の治療に用いられる新規細胞療法 CAR-T 細胞療法 Axicabtagene Ciloleucel (アキシカブタジン・チロリューセル:Axi-cel アキシ・セル商品名イエスカルタ)を用いた臨床試験は Zuma (ズマ) 試験と名付けられている。

日本人だけでなく、アメリカ人やヨーロッパ人でも Zuma なだという言葉は聞いたことがある人は、ほとんど居ないだろう。どんな意味があるのだろう?と多くの人が訝しがるかもしれない。

ところが、、、ロサンゼルスの人は誰でも知っている名前である。

世界的に有名なサンタモニカ・ビーチと、お金持ちが多数住むマリブ・ビーチの間にある、地元民が愛するビーチが Zuma ビーチである。このビーチの名前から取ったのが、この臨床試験の名前の由来だそうである。

ちなみに、アキシ・セルを開発した製薬メーカーの Kite 社はサンタモニカにある。だから Kite 社の社員は全員 Zuma ビーチを知っていて、命名するのに何も違和感を感じなかったのだろう。

2023年12月22日

Thanksgiving Day


11月の第四木曜は、アメリカでは Thanksgiving Day (サンクス ギビング)の祝日です。日本では感謝祭と訳されることがあります。

現在のアメリカは、イギリスから清教徒(ピューリタン)が北アメリカ大陸の東海岸(現在のマサチューセッツ州ボストンの近郊)にたどり着き、入植を始めたことに始まります。入植者はイギリスとは大きく気候が違ったために、十分な作物を作ることが出来ず、多くの者が飢餓のために亡くなりました。

そんな時に、アメリカ原住民(ネイティブ・アメリカン)が、食料を入植者に与え、作物の作り方を指南しました。この好意によって、入植者は穀物を作ることが出来、飢えから解放されることになりました。

このアメリカ原住民の好意に対して感謝を示すために、入植者達が、自分たちの作った農作物や七面鳥などの肉類をアメリカ原住民にお返しとして贈ったことが Thanksgiving Day の始まりです。

ですので、アメリカでは、Thanksgiving Day には、清教徒達のアメリカへの入植の物語、苦難の日々、アメリカ原住民からの好意、そして、それにお返しをする入植者の感謝の行為を伝える番組が、毎年テレビで放送されます。子供たちは、これを見て、アメリカの歴史を知り、又、困っている人達に施しを与えることの重要性を知り、施された事へのお返しをすることの大切さを学びます。

Thanksgiving Day はクリスマスと並んで、貧困に苦しむ人達に手を差し伸べる日でもあります。

2023年11月29日

I have a dream ...

黒人の自由民権運動の指導者 マーチ―・ルーサー・キング・ジュニア牧師が「I have a dream...」で始まる、黒人差別の撤廃を呼びかけるスピーチをしてから60年が経ちました。


この時、多くの黒人がワシントンD.C.に向け、大行進しました(ワシントン大行進)、そして、アメリカ議事堂の前のリフレクション・レイクの畔でマーチ―・ルーサー・キング・ジュニア氏が演説を行いました。


この大行進は、アメリカで最大級の抗議活動でしたが、極めて平和的に行われました。
マーチ―・ルーサー・キング・ジュニア氏は、その後、暗殺されてしまいますが、彼の思想は受け継がれ、アメリカの黒人差別撲滅に向け、少しづつですが改革が行われて来ました。


60年の時を過ぎ、アメリカは、まだまだ平等社会には遠い社会にあります。一昨年の Black Lives Matter 運動のように、破壊と略奪を伴う抗議活動が常態化してしまい、60年前よりも悪くなったようにも思えますが、、、


多くの黒人のお年寄りが「60年前より、躊躇なく黒人を撃つ警官が、随分減った」「60年前より、理不尽な目に合っている黒人に同情し、一緒に抗議してくれる白人が増えた」と語っている姿が印象的でした。

2023年08月28日

お盆(Obon) と二世(Nisei) ウイーク

 

ロサンゼルスには沢山の日系人が住んでいる。彼らが日本を懐かしんで8月には盆踊り(Bon dance)や縁日の屋台が出たりして盛大に日本のお盆を祝う(Obon festival).

また、ロサンゼルスのダウンタウンにあるリトル・トーキョーでは、盛大に二世(Nisei) ウイークと称して、様々な日本の催しが開かれ、最終日にはグランド・フィナーレとして山車が繰り出される。日本からの観光客も含めて、多くの人が集まる、リトル・トーキョーの日系人にとっては、1月のお正月(Oshogatsu)イベントと並ぶ大きなイベントである。

https://niseiweek.org/jp/


ロサンゼルスにロサンゼルスには沢山の
2023年08月21日

"Shikata ga nai" と "don't be afraid..."

 

 日米の開戦と同時に当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトは「日本人・日系人が安全に暮らすため」と称して大統領令9066号に署名し、西海岸に住む日本人・日系人の隔離政策を開始しました。

 日本人・日系人は2日間の準備期間しか与えられず、一人2個のスーツケース分の私物しか持ち込むことが許されませんでした。全ての日系人が、誰も住まない荒れ果てた土地に作られた強制収容所の大きなバラックに押し込められ、監視塔から24時間、小銃を向けて監視されるという生活を強いられました。

 日本からの初代の移民の人達である日系一世は、口々に「仕方が無い・Shikata ga nai」と、その絶望的な状況を受け入れる言葉を繰り返していたそうです。貧しく・苦しい・理不尽な境遇を「仕方が無い」と言って、我慢して受け入れる事を良しとしていたそうです。

 しかし、アメリカに生まれ、アメリカの教育を受けた、日系二世の若者は「法の下での平等」がアメリカの大儀であると知っているので、勇気を持って、日系人の隔離政策がアメリカの憲法に反することだと訴えました。それがアメリカで広く知られている「Korematsu vs US」裁判です。強制収容所に収監された日系人のフレッド・コレマツはアメリカを相手取り、日系人の強制収容所への収監は違憲であると訴えを起こしました。そして、その裁判はアメリカ最高裁まで争われました。残念ですが、最高裁において6対3で、合憲であるとの判断が出てしまいました。しかし、3名の最高裁判事が違憲であると主張したことは大きな意味がありました。

 第二次世界大戦後、フレッド・コレマツの主張は正しいものと認められ、彼の名誉は回復し、1998年には大統領自由勲章を受賞しました。カリフォルニア州では1月30日は「フレッド・コレマツの日」とされ、彼の功績を称える日とされています。

 フレッド・コレマツは「 何かが間違っていると感じたなら、声を上げることに恐れてはいけない。"If you have the feeling that something is wrong, don't be afraid to speak up."」という言葉を残しました。

 

カリフォルニア州オークランドにあるフレッド・コレマツ氏の墓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%9E%E3%83%84#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Gravestone_fred_korematsu.JPGより


日米の開戦と日米
2023年08月09日

マンザナ収容所

 

ロサンゼルスから車で東に2時間程度の、シェラネバダ山脈の麓の何も無い荒れ果てた土地にマンザナー収容所がありました。現在は、マンザナ―国定史跡 (Manzanar National Historic Site) として博物館になって、当時の生活の様子を展示しています。当時、何百とあった居住棟(バラック)のうち1棟が復元されて展示されています。

 映画「空手キッド」で日系人の宮城先生は、酒を飲むと、マンザナー強制収容所の中で亡くなった妻の遺影を見ながら「私は、アメリカのために命を掛けてヨーロッパで戦っていたのに、私の妻は、マンザナ―の強制収容所で、身重なのに、その厳しい生活のために体を壊した。でも、アメリカ兵は妻を病院に連れて行ってはくれなかった。妻は、医者に診てもらうこともなく、収容所で、お腹の中の赤ん坊と一緒に死んだんだ」と泣くエピソードが紹介されています。アメリカ人のダニエル少年は、その話から日系人の悲惨な収容所生活を知る、、、というストーリーでした。

 国定史跡には、強制収容所での生活を映した多数の写真が展示されていますが、全てが不自然に幸せそうな笑顔の日系人で埋め尽くされています。これは「検閲」による情報操作の結果であり、本当の収容者の姿を映した写真は一枚も残っていません。

 当時、アメリカ政府は「日系人がアメリカ市民から虐待されないように避難させたもので、日系人は避難前と同じ普通の生活を送っている。避難した日系人は幸せに暮らしており、アメリカ政府に感謝している」と喧伝し、多くの「幸せに暮らす日系人」の写真を新聞や雑誌に載せていたそうです。勿論、これは全て虚偽であり、日系人は、大きなバラックに多数の家族が放り込まれ、各家族にプライバシーは無く、更に小銃を持ったアメリカ兵が常に巡回して、彼らの行動を監視していたそうです。

 収容所内で各人がカメラを持つことは許されず、アメリカ政府の広報官が、政府のために、雑誌や新聞に載せるのに適した写真ばかりを撮って残していたそうです。写真家の宮武東洋氏は、収容所に収監された日系人の一人ですが、密かに手製のカメラを作って、真実を写真に収めようとしたそうです。しかし、アメリカ兵に発見され、カメラは没収されてしまい、その後は政府の広報としての写真を撮ることを強要されたそうです。ですので、真実を収めた写真は、ほとんど残っていないそうです。

 その窮屈な収容所生活に抗議する日系人が、ついには暴動を起こし、アメリカ兵は暴動を鎮圧するために、武器を持たない丸腰の群衆に向かって発砲し、2名の日本人が射殺されたそうです。それほど、日系人の収容所生活は苦しく、不満の渦巻く生活だったそうです。

 日本でも、南方戦線から日本への郵便物は、全て検閲を受け、戦況が不利であることや、苦しい生活を兵士が送っているといった内容の手紙は、全て破棄されて、ポジティブな内容の手紙だけを日本本国に送ることが強要されていました。

 戦争は、全ての情報が書き換えられ、嘘の情報だけが残されてしまう恐ろしい状況です。マンザナ―国定史跡の沢山の日系人の笑顔の写真を見る時に、戦争中の情報操作の恐ろしさを感じます。同時に、本当の歴史は文字で残さなければ、多くの事が為政者によって都合良く書き換えれられてしまう恐ろしさを感じます。

マンザナ―国定史跡に建つ慰霊塔 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B6%E3%83%8A%E3%83%BC%E5%BC%B7%E5%88%B6%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80より

 

2023年08月07日

8月は戦争について考える月


アメリカには多くの日本語無料雑誌(フリー・ペーパー)があります。その多くが、8月には、太平洋戦争の終結を思い出して、第二次世界大戦の際の日系アメリカ人の生活ぶりなどの特集をします。
 日本軍のハワイ・真珠湾・奇襲攻撃により米国人2,400名の死者を出したことを端緒に日米の戦争は始まりました。アメリカの西海岸・ロサンゼルス・サンフランシスコ・シアトルになどに住む日系人は敵国国民として資産が没収されて、砂漠の中の強制収容所に押し込められ、終戦まで厳しい生活を強いられました。
 (この辺の話は、日系人歌手のマイク・シノダ(リンキン・パークやフォート・マイナーのボーカルとして活躍)が「Kenji ケンジ」という楽曲の中で、彼の祖父から聞いたという、強制収容所への移送・収容所生活・解放後の差別などを歌詞にして歌っています)
 収容所に押し込められた日系人の間でも、親米派と反米派に別れて反目しあい(この辺の話は、NHK大河ドラマ「山河燃ゆ」の原作でもある山崎豊子氏の「二つの祖国」の中で語られています)解放後も日系社会に大きな亀裂を生む原因となってしまいました。
 また、アメリカへ忠誠心を見せるために、多くの日系人男子が軍隊に志願し、アメリカの歴史に残る壮絶な戦いをした四四二連隊や第百歩兵大隊、さらには対日情報部隊 MIS として枢軸国と戦った話などが特集号で語られます。


 ロサンゼルスのダウンタウンにあるリトル・トーキョーには、この時戦死した日系人アメリカ兵を記念して日系人部隊記念碑(Go For Broke Monument) があります。

日系人部隊記念碑 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Go_for_Broke_Monument.jpgより

2023年08月03日

アメリカの大学生2


アメリカの大学生も、実家から遠く離れた大学に通うこともあります。新しい友達を作るために大学の寮に入る1年生(フレッシュマン)も多いです。

アメリカの夏休みは6月から9月の第1週の月曜の労働者の日(Labor day) まで、約3か月もあります。この間、寮生は部屋を引き払わなければなりません。全ての家財を3か月だけ別の場所に置いておく必要があります。夏休みだけでなく、冬休みや春休みも、一時的に家財を別の場所に置いておかなければいけないので、大変、不便です。

さて、何故、大学は夏の間に寮を空っぽにするのでしょうか?

夏の間、大学はサマー・プログラムと言って、学外から多くの学生(高校生・外国の大学生・他の大学の大学生など)を1-2か月間だけ受け入れて短期セミナーを催します。この際に訪れる学生の宿泊先として空になった寮を使っています。

また、大学が、夏休みの間だけ、キャンパスと寮を、夏の間の短期留学プログラムを組んでいる企業に貸し出すこともあります。この時には、企業は、独自の教官を準備して、外国からの留学生に授業を行ってもらいます。

アメリカの大学の寮に住む大学生は、家財道具を持って実家に帰省し、休みが終わると大学に戻ってきたりしますが、、、やっぱり、とても面倒です。そのため、寮生は、だんだん近所のアパートに住み変えるようになります。

2023年07月26日

アメリカの大学生1


「アメリカの大学生は良く勉強する」と日本では言われるようですが、、、ここには大きな誤解があります。

アメリカでは高校生の時に統一試験を受け、その点数を基に各大学に入学希望を出します。多くの学生が10校もの大学に応募します。すると複数の大学から「合格」の通知が来るので、その中から自分の行く大学を決めます。

アメリカの大学受験は熾烈を極めるので、偏差値の高い有名大学に入るのは至難の業です。ですので、多くの場合、第一希望の大学には受からず、第二・第三希望の大学からしか合格通知が来ません。アメリカでは日本のように「浪人」が認められていないので、嫌でも、第二・第三希望の大学に入学しなくてはなりません。

しかし、アメリカの大学には、在学中に「転校」するシステムがあります。

第一希望に受からなかった大学生は、入学した学校で「第一希望の大学への転校」を目指して、ひたすら勉強します。在学している大学の試験で高い成績を取って第一希望だった大学へ転校しようと頑張ります。こういった「より高い偏差値の大学への転校」を目指している学生は、もの凄く勉強をします。日本で言えば「予備校生」と同じ感覚です。(日本のように「仮面浪人」する必要はありません。在学している大学での高い成績が転校には必要です)

一方、入学した大学に満足している学生は、そんなに一生懸命勉強をしません。そこまで一生懸命勉強しなくても、留年はしませんし、問題なく卒業できるからです。ですので、アメリカの大学生には「猛烈に勉強する大学生」と「キャンパスライフを楽しむ普通の大学生」の2種類に分かれます。

大学のランクにもよりますが、、、猛烈に勉強する大学生は3割ぐらいでしょう。後の7割は転校を目指していない普通の大学生です。

 

2023年07月19日

アメリカの試験2


 アメリカにも国家資格は沢山あります。どれも国家試験が課され、それに合格すると、それぞれの国家資格を手にすることが出来ます。

 アメリカには試験センターが、それぞれの町にあり、そこで国家試験を受験します。SAT試験と同様、一年中、いつでも受けられます。落ちても、受かるまで何度でも受験することが出来ます。日本のように、落ちても、次の年の受験日まで待つ必要はありません。

 試験センターでは、ありとあらゆる国家試験の受験が可能です。仕切りで区分けされたブースに座って、コンピューター上で、それぞれの試験を受けます。医師国家試験を受けている人の隣で、秘書検定試験を受けていたり、その隣では公認会計士の試験を受けていたり、、、まったくバラバラの国家試験を、同時に、それぞれが受験しています。

試験室は何台ものカメラで監視されていて、不正が認められたら、その受験生は受験室から出されて、試験資格を剥奪されます。

試験の合間に、それぞれトイレ休憩を取って受験室を出ますが、この時に「身代わり受験」をさせないために、試験開始時に「指紋の登録」と「網膜(目の奥の血管の紋様)の登録」が行われ、休憩後の入室の際には、毎回、指紋と網膜の確認があります。

勿論、カンニングするための機器類を持ち込ませないために、入室時にはボディーチェックと、金属探知機でのスクリーニングが行われます。

まるでスパイ映画のような厳重さです。

日本のように、年に1回・全国一斉に行われるわけではないので、新聞の記事にはなりません。合格発表も、それぞれの受験者に日々メールで郵送されるだけなので「今年は〇〇名の国家試験合格者!」などという記事も出ません。

日本とは全然違うシステムです。

 

 

2023年07月13日

アメリカの試験1


アメリカの大学に入学するためには、全国統一試験を受けて、その成績を希望校に送らなけれいばなりません。全国統一テストは SAT (エス・エイ・ティー)や ACT 試験があります。

SAT は英語と数学の試験だけで、それぞれ800点満点・総合して1600点満点の試験です。

日本のように年に1回しか受験できないシステムでは無く、何回でも受験が可能です(毎回、出題される問題は違います)。多くの高校生は3回から4回受験します。そして「最も点数の良かったもの」を提出します。

日本人の感覚だと「毎回、難易度が違うから不公平だ!」とか「何回も受ければ、だんだん成績が上がってしまう!」と心配する人が多いでしょうが、、、各試験の難易度は、コンピューターで調整されて、同じになっているそうです。また、多くの学生が2ー3回目が最高点で、、、その後は何度受けても同じくらいの成績しか取れないそうです。

複数回の試験ですから、全国一斉に行われるのでは無く、それぞれの町の試験会場で繰り返し行われています。インターネットで受験日を選んで受験します。

勿論、一年中、繰り返し試験が行われているので、日本のように「今年の統一試験は、、、」などと新聞の見出しになるようなことはありません。

2023年07月12日

4th of July

 

7月4日 (4th of July) はアメリカの独立記念日 (Independence Day) です。全米の多くの町で花火 (Fireworks) が打ち上げられます。アメリカの風物詩の一つです。アメリカの多くの国民が、子供の頃から、毎年、7月4日の地元の花火を見上げながら育ちます。アメリカの代表的な映画「サンドロット/僕らがいた夏」が、毎年7月4日が近付くとテレビで放映されます。下の写真は Nathan Howard/ Getty Images より

2023年07月04日

ジューンティーンス


6月19日は「ジューンティーンス(Juneteenth)」の祝日です。2021年に出来た一番新しいアメリカの祝日です。アメリカでの奴隷解放を記念して、人種差別や人種による社会的な格差に関して考える日として制定されました。
 人種差別に関して考える日としては、以前から、1月の「マーチン・ルーサー・キングス・ジュニア(MLK) の日」がありましたが、それとは別に制定されました。
 アメリカでは黒人・ヒスパニック系・太平洋の島々の出身者などが、社会的に低い階層に固定されており、その人種による差別が社会問題になって久しいです。これを打破するために様々な方策が講じられてきています。

BBC News Japan 2021年6月19日の記事より。https://www.bbc.com/japanese/57522450

2023年06月19日

メモリアル・デー


5月の最終月曜はメモリアル・デーの祝日です。日本語に訳すと「戦没将兵追悼記念日」となるそうですが、テレビで式典の模様は放送されますが、多くの人が「夏の始まりを告げる日」と感じています。そして野外バーベキューを楽しむ人が多いのも、この5月の末の三連休です。

2023年05月29日