アメリカの高額医療問題
アメリカでは遺伝子治療や細胞療法が今まで治療法が無く苦しんでいた人々に有効だと証明され、臨床の現場への導入が進んでいる。
これらの新規治療は、どれも驚くくらい高額であり、これらを全ての患者に届けるためにアメリカ(各州政府)は苦慮している。
アメリカはオバマ大統領が2010年にAffordable Care Act (ACA)を通して、医療保険を全国民に与えるようになった。アメリカ国民のうち、低所得者は国営のメディケイド、高齢者(65歳以上)は国営のメディケア、そして、それまで自分の意志で保険に入っていなかった人たちは国営の新たな保険機構(通称 オバマケア)で医療費が支払われるようになった。現在、アメリカ国民の65%が私立の医療保険会社から医療費が支払われ、35%の国民が国営の保険機構から医療費が支払われている。
国民の35%が国営の医療保険に加入しているので、その医療費の支払いは国(各州)にとって大きな問題である。更に、上記のような高額な治療が、どんどん臨床の場に登場し、各州政府の医療費負担は莫大なものになっている。勿論、この高額治療の登場は65%の国民を担う私立の保険会社にとっても大きな負担となっている。
最近、FDA (日本における厚生労働省のような機関)は鎌状赤血球症に対する新しい2つの遺伝子治療を承認した。exagamglogene autotemcel (exa-cel; Casgevy) は220万ドル(日本円で3億3千万円)・ lovotibeglogene autotemcel (lovo-cel; Lyfgenia) は310万ドル(日本円で4億6千万円)という信じられない価格の治療である。
それ以外にも、薬剤費のみで、年間3千万円を越える料金が必要な薬が次々と市場に登場している。
FDA は薬剤の有効性と副作用に着目して、その製品の認可・不認可を決定する。FDA は薬剤の価格は審査の際の考慮に入れない。アメリカでは薬剤の価格は製造メーカーが設定するので、このような「法外な価格」が設定されてしまう。
「法外な価格の治療」は、医学的には、効果があり、副作用が少ないかもしれないが、、、経済的には大きな毒性 Financial Toxicity を持っている。現代社会の中で人間が生きて行く上で、経済活動も重要な要素の一つであり、経済的毒性が高い物が現代社会で放置されていることは大きな問題と感じる。これを解決することが急務である。
上記の高額な新規遺伝子治療を1回だけ行えば、鎌状赤血球症の患者は根治すると予測されている。痛み発作で救急外来を繰り返し受診することも、緊急入院することも無くなり、健常者と同様の生活を送り、寿命も健常者と同等になると予想されている。
鎌状赤血球症はアフリカ系住民の疾患であり、アメリカにおいては貧困層のアフリカ系住民に高い頻度で存在する疾患である。貧困層の医療費は上記の国営のメディケイドから支払いが行われている。
現在、アメリカでは各州の「メディケイド/ Centers for Medicare and Medicaid Services (CMS)」と各製薬メーカーが協議し、多くの貧困層の鎌状赤血球症の患者が「法外な価格の治療法」で治療されている。どのように支払いがなされるのか?どのような約束を各州と製薬メーカーが交わしているのか?は非公開である。
もし、このCMSと各製薬メーカーが、秘密裏に作り上げている「新たな支払いモデル」が成功したなら、その内容は公開され、高額な医療費で苦しむアメリカの医療システムを根底から変えてくれるものと期待されている。
Ubel PA et al. Out of Pocket Getting Out of Hand — Reducing the Financial Toxicity of Rapidly Approved Drugs. N Engl J Med 2025;392:729-731.
Ross SJ. Cell and Gene Therapies — Improving Access and Outcomes for Medicare and Medicaid Beneficiaries. N Engl J Med 2025;392:521-523.