良き研究者に なるために。

 

研究者の現実を知って欲しい

 研究者とは過酷な職業です。一生懸命研究して素晴らしい研究結果を出しても、それだけでは終わりません。研究成果を英語で、解りやすく、きれいな論文に仕上げなければなりません。英語の投稿論文を書くというのは大変な作業です。そして、これを雑誌社に投稿すると、2-3か月の時間を掛けて2-5人の査読員が、隅々まで詳しく読み、一人の査読員当たり数ページの長さの、多くの「欠点」「改善点」を書いたコメントが届きます。このコメントに従って、一つ一つ実験をやり直し、追加実験をし、その結果に基づいて英語論文の書き直します。これだけの作業を3か月という時間の中で行うことが要求されます。本当に「寝る間もない忙しさ」です。ここまで、しっかり再実験・追加実験・論文の書き直しをしても、査読員の一人でも「不十分」と判定したら、投稿論文は「Rejection リジェクション」(不採用)になってしまいます。もし、不採用になったら、その論文を別の雑誌に投稿して、また1からやり直しです。こんな苦渋に満ちた手順を繰り返して、1本の論文が完成し、雑誌に掲載されることになります。

 研究者は、毎日毎日、このステップの中の、どこかに居ます。多くの研究者は2個以上のプロジェクトを抱えていることが多いので、プロジェクトA の論文の追加実験をしながら、プロジェクトBの英語論文を書いていたりします。全ての研究論文が日の目を見る(雑誌に掲載される)ために、日夜、実験に英語論文書きに追われています。なぜなら「研究成果を出し、それを論文として世界に向けて発表する」ことが「研究者の仕事」だからです。

過酷な職業:わがまま(自信家)・面倒臭がり・怒りっぽい人は向いていない。

 多くの人は、こんな「先の見えない」「過酷な作業」に面白味を感じないかもしれません。研究を始めたばかりの初心者が「研究というのは実験が終われば終わりだと思っていた」「英語論文を書くのが、こんなに大変だと思わなかった」「査読者のコメントが、こんなに沢山、そして、こんなに厳しいものばかりだとは思わなかった。これに全て従うなんて不可能だ!」と、テレビや雑誌で見る「研究者」のイメージとの大きなギャップに驚き、研究という仕事の過酷さに驚きます。

 査読者の指摘に対して「これは意味がない!」「この査読者は頭が悪い!」などと言って、再実験や追加実験を拒否する人がいます。査読者のコメントを完全に無視して、そのまま返信を出す人が居ます。この場合、査読者の指示に従わなかったので、投稿論文は不採用になります。それに対して「この形で完璧だ!」「自分は正しい!」と怒りを露わにしている人がいます。こういった自信家の人・わがままな人は研究者には向きません。

 また、英語論文の執筆の過酷さに耐え切れず、過去に出版されている論文の中の一説を盗用する人がいます。査読者から指摘された研究結果の矛盾点を解消するためにデータの改ざんをする人が居ます。そして、再実験や追加実験の煩雑さにデータの捏造をして、実験を行ったふりをする人がいます。これは全て不正行為です。このような行為は許されません。

 投稿した論文が不採用になった時には、その論文内容を他の雑誌社に送り再審査を受ける必要があります。この時に、各雑誌は「論文の形式」が事細かく決まっており、さらに各雑誌で、この形式が異なります。そのため、他の雑誌に投稿するときは論文の形式を一から書き直さなければなりません。研究者は「この成果ならば必ず採用される」と思って投稿した論文が不採用なると、激しい怒りを感じます。「不公平だ!」「採用基準が間違っている!」「私の今までの努力を評価しないのか?!」と激しく怒ります。この怒りにまかせて、次の雑誌社に論文を投稿するときに、論文の形式を一切変えずに、そのまま投稿する人が居ます。「こんなに頑張って書いたのだから、書き直しなんて御免だ!」と投稿しますが、当然、こういった「わがまま」な研究者の無礼な投稿は門前払いになります。

研究者:卑怯な人はならないで欲しい。

 今から20年以上前には、アメリカに留学に来る日本人は、英会話は出来ないが、黙ってコツコツ研究し、常に正直で、従順で、とても良い研究成果を出し、良い成果を一流雑誌に多数掲載していました。その勤勉さ、正直さ、真面目さ、従順さ、大人しさが評価され、日本人のアメリカへの留学は歓迎されていました。
 しかし、時が過ぎ、「日本人は変わってしまった。「嘘つき」だから信用できない」という評価になってしまっています。世界の「取下げ論文」を見張っているサイト (Retraction Watch) があります。「論文の取下げ」とは内容に盗用・改ざん・捏造などの不正が発見され、信用できない論文なので出版を取り消す行為です。世界の「取下げ論文数」のランキング (Retraction Watch Leaderboard) で、実にトップ10のうちの5人が日本人研究者です。それ以外にも、世界を騒がせた捏造論文が日本から出版されていたことは皆さんの記憶にも残っていることかと思います
 研究室から盗用・改ざん・捏造など不正を行った論文が出版されると、不正を行った研究者は解雇されるのが通常です。また、多くの場合、不正を行った研究者を雇う研究室はないので、その人の研究者生命は絶たれ、研究者として生きていくことはできなくなります。しかし、事は、それだけでは終わりません。不正論文を出した研究室に対しては、研究費を支給している政府から返還命令が出ます。数百万ー数千万円の返還命令が出ます。これは研究室が破産することを意味します。一人の悪質な研究者を雇用することは、研究室の破綻を招くことがあるので、雇用主としては絶対に避けたいことです。結果として英語の出来ない日本人留学生が、以前のような歓迎を受けなくなっているのが現状です。

卑怯な研究者の心理

 悪質な研究者の多くが「誰も読まない質の低い雑誌だから、不正論文を出版してもバレないだろう」「バレたら『うっかりミスでした』と言えば言い逃れができるだろう」「不正を疑われたら『データの取り方に不備があったので、捏造ではない。ただの間違い。だから不正ではない』と説明すれば解ってもらえる」と最初から「言い訳」を考え、不正を追及されても逃げ切れると思っている人が多いかもしれません。更には「バレて追及されたら研究者の世界から足を洗って別の業界で再出発すれば良い」と最初から、逃げる事まで計画に織り込んでいる人もいるかもしれません。いずれにせよ、こういった人達を雇用することは、雇用主の地位を破壊する危険があるので、絶対に避けなければならないことですし、もし間違って「不正を働く可能性の高い研究者」を雇用してしまったら、直ちに解雇する必要があります。

研究論文はデジタル・タトゥー/不正は必ずあばかれる。

 研究論文はデータベースに永久に残ります。不正論文は、今、その不正が見つからなくても、いつか、誰かが、その論文の不自然な点に気付いて指摘すれば、白日の下で検証されるかもしれません。誰も見向きもしない、質の低い雑誌の論文でも、一たび不正論文となれば、研究者の世界では正しく処理され「取下げ論文」として記録が残ります。これも永久に残ります。
 研究論文はデジタル・タトゥーです。10年後・20年後・30年後でも、その不正が突然暴かれ、責任が追及され、その地位を追われ、研究室が閉鎖に追い込まれるかもしれません。不正をすれば10年でも20年でも「誰かが気付いて告発することはないだろうか?」と怯えて生きなければなりません。若い研究者であれば、あるほど、長い時間を不安と恐怖の中で生きなければなりません。年配の研究者であっても、今度は息子や娘が、親の不正のために肩身の狭い思いをする可能性があります。不正論文は本人だけでなく、研究室のメンバーや家族にまで影響を及ぼす重大な行為であり、永久に記録が残り続けるものですから、決して行ってはいけません。そいうことをする人は研究者になるべきではないですし、もし、同僚や上司に、そのような人が居れば、直ぐに職場を替える必要があります。それぐらい重大なことです。

●●●研究者:大変な仕事・不正が絶対に許されない仕事 それを解って進むべき●●●

 

研究者の良い点

世界の人達と互角に戦えるフェアーな競争社会
  研究成果が出れば、それを国際学会で発表できます。アメリカやヨーロッパの大きな学会に行けば、世界中の研究者が集まり、それぞれの実験結果について英語(研究者の公用語は英語です。全ての国で、発表は英語で行い、討議は英語で行います)で討議します。研究に国籍・人種・年齢・性別は関係ありません。インドの若い女性の研究者が質問してくるかもしれませんし、スェーデンの高齢の白人男性研究者が質問してくるかもしれません。Science サイエンスの前では全ての人は平等であり、対等な立場で討議します。それは、とても楽しいことです。(英語で海外の人と話をする機会の少ない日本人には、最初は緊張することですが、直ぐに慣れて、楽しめるようになります)

研究成果(論文の質と数)に伴ってプロモーション(Promotion 出世) する。
  良い論文を沢山書けば、それに合わせてプロモーションしていきます。頑張ったら、頑張っただけプロモーションし、それに合わせて給与も増えますし、研究費も取り易くなります(研究費の総額が増える)。そして研究費が増えれば大胆な研究が出来ます。アメリカ・ヨーロッパに留学して頑張って働いて良い論文を多数出せば、教授から評価されて、その地に永住して、そこでプロモーションしてくことも出来ます。この際に、出身大学は関係ありません。論文の質と数が全てです。その意味で入試の時の「点数が全て」というのと良く似ていてフェアーな競争だと感じます。

経済的な安定 
 研究者の給与は、一般の企業に比べても遜色がないほど高いものです。大学や研究所の給与は公開されているものも多いので、それを参照して頂ければ、決して「貧しい」ということはないことが解ります。准教授や教授になれば生活に困ることはありません。業績(論文の質と数)が高ければ、かなり若くして教授になる人も多数います。

社会的な信用
 「教授」と聞けば、多くの人が「立派な人」と感じるでしょう。職業人にとって「社会的な信用」は「経済的な成功」と同等に重要なことです。研究者として働くこと、特に学術機関で働くことは社会的な信用につながります。

最後に

良い研究者になれためには

①正直であること

②卑怯なこと・不正を憎む心

③勤勉であること(面倒臭がらない)・熱心であること(手抜きをしない)・打たれ強いこと(怒らない心)

④英語力

が必要です。

研究者として成功するためには

① 良い研究室に入る。研究者として優れた教授の下に付く。コネクションの豊富な教授の下に付く。

② 一生懸命働く。素直に働く。従順に働く。

③ 成果を出すことを目指す。見込みの無いものは途中でも撤退する。決して「汗をかく」ことを目的にしない*。

④ 自分と相性が良い教授の研究室で働く。

どちらも④が重要です。
 英語が流暢だと、英語で苦労することが少なくなります。それが研究者にとって「英語に費やす時間」を他に回せる、という大きな強みになります。
 人には、それぞれ性格があるので、対人関係において相性が必ずあります。なので、自分と性格の合う・相性の合う人(教授)の下で働くことが重要です。この際、同僚は関係ありません。同僚は、どんどん交代していくので、所詮、一時的な付き合いだけですから、そのを「自分の人生の方向性」を決めるときの指標にするのは意味の無いことです。相性が合えば、教授もあなたを可愛がってくれますし、沢山サポートししてくれるでしょう。その結果、良い結果が沢山得られることでしょう。


* 日本人の中には「頑張った」という感覚を得ること(「汗をかく」こと)に邁進して、仕事の成果が出るか・出ないかを度外視して研究に取り組む人がいます。研究は「発見」や「発明」を目指すもので、それが達成できなければ論文を書くことも、発表することも出来ません。注ぎ込んだ研究資金や研究者の労働、費やした時間は完全な無駄になります。ですから教授は「無駄な実験に終わる」と推測されるものは直ぐに見切りを付けて次の別のプロジェクトに進んで欲しいと思っています。しかし、日本人には、頑固で「ここまで頑張ったのだから最後までやらせて下さい」「たとえ無駄でも、やり始めた事は最後まで貫き通すのが自分の主義です」と言って、出口の無い、無駄な研究・実験に固執する人がいます。こういう人は研究室において無駄遣いの原因になりますし、給与を払っている甲斐が無いです。また、研究者の世界の標準的な価値観と異なる独自の変わった価値観をもっているので、研究結果の捏造・改ざんの危険性もあると危惧されてしまいます。こういう人は教授から、ひどく低い評価しか受けられず、解雇の対象になってしまいます。こういう頑固で、研究者の世界の標準から外れた独善的な価値観を持った人も研究者には向きません。