臨床試験データとリアル世界データ/ When Clinical Trial and Real-World Data Collide.


臨床試験データとリアル世界データが衝突する時/ When Clinical Trial and Real-World Data Collide.

医療の臨床データには「(新治療の有効性示す)臨床試験に基づくデータ」と「新治療を現場の臨床医が使った結果(リアル世界データ Real-World Data)」が存在する。

マントル細胞リンパ腫は悪性リンパ腫の中の特殊なタイプで極めて稀な癌である。日本では年間373例(2022年)しか発症していない。人口10万に当たり0.3例と希少癌であり、大きな病院でも数年に1例しか診療する機会がない。

これだけ稀な疾患にも関わらず、blastoid バリアントや pleomorohicバリアントなど細胞形態が異なり、進行の速いタイプや、indolent タイプなど進行のゆっくりな場合など、同じ病名なのに病像(臨床経過)が異なる様々なタイプに分かれる。一人の専門医が一生の間に経験するマントル細胞リンパ腫は極めて少数だが、同じ病名にも関わらず、一例一例が異なる病像を示すのがマントル細胞リンパ腫である。

この、とても稀な、それでいて極めて多様な疾患に関しても、世界中の血液内科医が協力して新治療を比較し、そのデータを発表し、最良の治療法を常に世界に知らせている。

若年(65歳未満)のマントル細胞リンパ腫に対して、CD20抗体・リツキシマブによる維持療法は「臨床試験」においては再発率を大幅に下げる(PFSの改善)ことが報告され標準治療と見なされていた。マントル細胞リンパ腫の生存率(OS)の改善は、データの追跡が不十分(観察時間が短すぎるため)だったため、結果が発表された時点では結論を得られていなかったが、この PFSの大幅な改善は、このリツキシマブ維持治療が生存率(OS) を改善させる可能性の極めて高い治療であることを期待させた。

以前、詳しく記載した通り、臨床試験は「厳選された患者」が参加しているので、実際の医療現場で見られる、合併症がある患者や、健康上の問題を抱えた患者を治療した場合に「臨床試験データ」とは異なる結果になる「可能性」がある。それゆえ、臨床試験のデータだけでなく、多くの通常の病院で治療されている患者のデータ(リアル世界データ Real-World Data)も併せて確認する必要がある。

リアル世界データは臨床試験データよりも数%から10%程度低下することが多い(決して20%も30%も低下することは無い。もし、大きな低下があれば、その施設の治療レベルに大きな問題があることを示唆する)。

上述のマントル細胞リンパ腫に対するリツキシマブ維持療法は、驚くことに「リアル世界データ」で、3年の時点で、R-CHOP 療法を受けたMCL患者では(再発率は維持療法により低下しているが)生存率の改善が無い(無効である)ことが示された。

Fenske TS. Frontline Therapy in Mantle Cell Lymphoma: When Clinical Trial and Real-World Data Collide. J Clin Oncol. 2023 Jan 20;41(3):452-459.

Martin P et al. Treatment Outcomes and Roles of Transplantation and Maintenance Rituximab in Patients With Previously Untreated Mantle Cell Lymphoma: Results From Large Real-World Cohorts. J Clin Oncol. 2023 Jan 20;41(3):541-554.

また、多数の若年者MCLを治療後に、リツキシマブ維持療法をした者と、していない者に分けて観察した「臨床試験」の患者を7.5年の長期に渡って経過を追うと、再発率には大きな差があるが、生存率には差が無かった(無効である)ことが報告された。

Sarkozy C et al. Long-Term Follow-Up of Rituximab Maintenance in Young Patients With Mantle-Cell Lymphoma Included in the LYMA Trial: A LYSA Study. Clin Oncol. 2024 Mar 1;42(7):769-773.

リツキシマブ維持療法が強い副作用を引き起こすことによって副作用による死亡が増えるのでは無く、リツキシマブ維持療法で治療されていた患者が再発した際に、病気が極めて難治性で、急激に進行するにより患者が死亡する。それに対して、維持療法を行っていなかった患者は比較的、再発後の治療の効果があったことが、7.5年目には生存率では差が無かった原因であった。

若年MCL に対するリツキシマブ維持療法の「臨床試験データ」は7.5年の時を経て、その治療法の有効性(生存率の改善)が否定された治療法である。

多くのデータ(短期臨床試験データ・リアル世界データ・長期経過観察データなど)が次々の発表される現代においては、極めて稀な疾患であっても、常に知識をアップデートして「時代遅れの間違った治療・無駄な治療」を行わないことが求められる。

Christine E et al. Frontline management of mantle cell lymphoma. Blood (2025) 145 (7): 663–672.

Silkenstedt E & Dreyling M. Treatment of relapsed/refractory MCL. Blood (2025) 145 (7): 673–682.

2025年03月28日