【学会参加報告】 2025年 アメリカ癌研究学会 (AACR)
2025年4月25日からアメリカ・イリノイ州シカゴ市の、ミシガン湖に面したマコーミック・プレイス会議場でアメリカ癌研究学会が開催されました。世界中から2万5,000名の研究者・医療者が参加し7,000の発表がありました。アジアからは日本を始め、中国・韓国・台湾から多数の参加がありました。

現在、アメリカは共和党・トランプ政権下で、国からの研究費が大幅に削減され、またイーロン・マスク氏が主導するDOGE (政府効率化省)によりNIH(国立衛生局)の職員1,000名が解雇され、医学研究・癌研究は大きな困難に直面しています。そんな中、学会は9名の医療ジャーナリストを表彰し、医療問題に積極的に取り組んでいる2名の上院議員(共に民主党)の表彰を行いました。また、患者として新治療を繰り返し受けて命を繋いでいる患者からの「研究開発の重要性」に関するスピーチがありました。

医療には、医療者や研究者だけでなく、ジャーナリストが正しい医療情報・癌の情報を一般に知らせ、フェイク・ニュースを駆逐することが重要であり、同時に研究費や法規制を決定する政治、そして新治療で命を繋いでいる患者がからの声が重要な要素であることを理解しているアメリカならではの表彰であると感じられました。
癌の遺伝子異常・メチレーション異常・活性化クロマチン位置の解析が臨床現場で日常診療の一部になり、これらの情報が治療法選択のための補助となっている現在、研究の主体は癌免疫の活性化分子の発見や異常シグナル・パスウェーの遮断分子の開発に移行しています。がん細胞・免疫細胞の空間的な位置(3D解析)や1細胞づつの遺伝子発現パターン解析(シングルセル解析)などに関する多数の発表がありました。

分子生物学において重要な技術である、プラスミドを大腸菌に導入するハナハン法の開発で有名なダグラス・ハナハン博士(大腸菌DH5-アルファはハナハン博士のイニシャルから命名されたことで有名)が
Pezcoller Foundation-AACR International Award for Extraordinary Achievement
賞を受賞されました。アメリカ人のハナハン博士はスイスに渡りルードビッヒ癌研究所(本部・ニューヨーク)のスイス・ブランチの立ち上げに参加し、74歳になっても自身の研究室を持ち、論文を一流科学雑誌に発表し続けています。ハナハン博士の熱意と創造力の高さには頭が下がる思いでした。同時に「定年制」がないため、何歳になっても熱意と能力があれば、研究を続けることの出来る欧米の研究環境を羨ましくも感じました。

急性骨髄性白血病では繰り返し抗がん剤治療を行いますが、2回目の治療後の白血病細胞数が検出感度以下(10-6乘以下)の場合(未検出)と検出される場合では明確に、その後の再発率に差があることが示され、その有用性がドイツのハウザー博士・シアトルのフレッド・ハッチンソン癌研究所のウォルター博士らから発表されていました。しかし、フロアーからは「未検出例でも多数の再発例があり、一方、検出例でも再発しない例が多数あり、統計的には有意な差があるかもしれないが、実臨床では役に立たない」と批判的な声が上がったのが印象的でした。検出感度10-6乘では、まだまだ不十分で、より感度の高い方法が必要なのか?それとも患者の免疫力によって再発・治癒が決定されるので高感度で残存白血病細胞を検出する意味は必ずしも高くないのか?と考えさせられる発表と討議でした。
ベイラー大のグッデル博士からは変異型NPM1タンパクの極少量が核内でKMT2A(MLL)・Menin・XPO1などと複合体を作りHOX遺伝子群を活性化しているとの発表がありました。NPM1は本来、核小体に局在する蛋白ですが、白血病では高い頻度で変異し、変異蛋白は細胞質に局在を変えるという特徴を認めます。試験管内・臨床例でNPM1変異型白血病はMenin阻害剤に良く反応することが知られていましたが、そのメカニズムは不明でした。今回の発表はNPM1変異蛋白が転座型KMT2Aや転座型NUP98と同様の複合体形成をして白血病を引き起こしていることを示した極めて興味深い発表でした。