アメリカにおける医療費の自己負担と破産/Medical Myth (医療に関する誤情報)と未来


世の中は「誤情報」に溢れている。時として、その誤情報が「真実」として国民全体に広がることがある。アメリカにおいても、医療にまつわる誤情報/ Medical Myth が、時として国民の間に浸透している場合がある。AI の発達した現在では「検索」すると「正しい答え」が出て来ることが多いので、以前よりはMedical Myth は減っているが、以前に広がった Medical Myth を真実と思い込んでいるアメリカ人は未だに多い。

AIが普及するよりも、ずっと以前の、2005年にアメリカの医療費と破産に関する衝撃的な論文が Himmelstein 博士らから発表された(Illness and injury as contributors to bankruptcy. Health Aff (Millwood). February 2, 2005. Web exclusive) 。この中で「アメリカの自己破産者の46%が医療費の支払いに耐え切れず自己破産を申請している」と報告している。

この小さな論文の内容は、そのショッキングな内容のため、大手メディアによって大々的に報じられ、アメリカ国民の多くが知るところとなった。これを契機にアメリカ国民のアメリカの医療システムに対する怒りが爆発し、皆保険制度の必要性が声高に叫ばれ、2010年のオバマ大統領による ACA (通称オバマ・ケア)の制定に繋がったとも言える。

しかし、実は、この「結果」は破産者による自己申告(self-reporting) に基づくものであり正確性に疑問が持たれた。その後、多くの研究者が統計を取り直し、この結果が誤りであることが発表されている。アメリカのメディアは、この誤った情報を訂正することは無かったので、今でも、この Medical Myth「アメリカでは自己破産者の半分は医療費の支払いの多さに耐え切れず破産している」を信じて、アメリカの医療を憎んでいる年配のアメリカ人は多い。(さすがに、現在では、この20年前の間違った情報を報道するメディアは存在しない)

実の所、アメリカの当時の自己破産者の11%程度が医療費の支払いに苦慮して自己破産していると推測する論文もあった。この結果も推測値なので、必ずしも正確では無いだろうが、上記のような「自己破産者の半分が医療費で破産している」という数値からは掛け離れた小さな数字が「真の値」と想定されている。

Dobkin C et al. Myth and Measurement — The Case of Medical Bankruptcies. N Engl J Med 2018;378:1076-1078.

ちなみに、2020年の日本弁護士連合会による「破産事件及び個人再生事件記録調査」によると、日本における自己破産者の23%が医療費・病気を理由として申請をしていると報告されている。しかし、これも推測値なので、その信頼性は高くないかもしれない。

OECD のデータによれば、アメリカでは、破産するほどの壊滅的な医療費の自己負担額(catastrophic health spending) で苦しんでいる家庭は、医療を受けた者(家庭)の7.4%とされている。その多くが低所得者層(poorest) と所得下位の層(2nd quintile)である。一方、日本でも2.6%の家庭が医療費の壊滅的な自己負担額に苦しんでいる。

 

大病をすれば、仕事が出来なくなり、収入が低下する人(家庭)が多い。所得の低下する中、医療費の支払いが圧し掛かれば生活に困窮することは多い。

アメリカでは医療費の年間自己負担額(out-of-pocket expenditure) は連邦法で9,100ドル(130万円)までとされている(日本の高額療養費制度に相当)が、この額でさえ、低所得者層には大きな負担であり、自己破産の原因となる。また、保険外診療に掛かった費用は、連邦法の自己負担額上限には縛られないので、保険外診療を受けている人は巨額の請求を受けることになる。

日本では、現在、「医療を受けた40家族に1家族が医療費のために破産している」のが現状である。これは日本の高額療養費制度による年間医療費負担の上限が低く抑えられている(報酬月額27万円未満の収入の人の場合、年間自己負担額は60万円以下)ことによるのかもしれない。 

アメリカでは医療を受けた13家族に1家族が破産するほど医療費に苦しんでおり、その多くが低所得者層(poorest + 2nd quintile) であるという現実を改善するために、年間自己負担額の限度額の引き下げや、保険診療で受けられる治療の拡大、低所得者の医療費の自己負担の支払いの援助プログラムの創設など、多くの施策が必要である。

Uppal N et al. Alleviating Medical Debt in the United States. N Engl J Med 2023;389:871-873

2025年03月21日