新しい病気・正常血糖ケトアシドーシス


新しい薬が普及すると、それによって引き起こされる「新しい病気」が出現することがある。その病気の専門医だと、常に勉強しているので、その「新しい病気」の知識もあるし、その診断・治療の知識もある。しかし専門外の医師や勉強を怠っている医師は「新しい病気」に戸惑うかもしれない。

ケトアシドーシスはインシュリン不足の時に起きる極めて重篤な病気である。糖尿病、特に1型糖尿病というインスリンが、まったく無くなてしまっている糖尿病で、十分なインスリンの投与が無いと発症する。

インスリンが無いと、細胞は脂肪を破壊してエネルギーを作る。この時、ケトンという物質が出来る。体にケトンが大量に貯まると、体が酸性になり激しい腹痛や倦怠感、更には意識を失う。命を奪うほど重症化することもある。

インスリンは血糖を下げるホルモンであるからインスリンが足りないと普通は体内の糖分が上昇し、血液検査で血糖値が高くなる。

しかしSGLT2阻害剤という新しい薬の登場で事態は一変している。この新薬の登場が「新しい病気」・正常血糖ケトアシドーシスを誕生させた。

SGLT2阻害薬はインスリン濃度と関係なく強力に血糖値を下げるため、極度のインスリン不足になって、ケトアシドーシスを起こすほどになっても、本来は血糖値が高くなるべき状態なのに、血糖値が正常値のことがある。この状態を正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic Ketoacidosis) と呼ぶ。

正常血糖ケトアシドーシスは稀に糖尿病患者に発症する病態として以前から知られていたが、この薬の登場で、その患者数が劇的に増えた。また、この病気は以前は稀な病態だったため、その存在自体を知らない医療者や、検査体制の不備が、大きな問題につながることがある。

SGLT2阻害剤を飲んでいる糖尿病患者は、ケトアシドーシスを起こすほどインスリン不足を起こしても、血液検査では血糖値が正常なので医療者がケトアシドーシスに気付かない事態が起きる。

最近はパルスオキシメーターの普及で、体内の酸性度が測定できる血液ガスを調べることも減り、SGLT2阻害剤を飲んでいる糖尿病患者は常に尿糖が陽性なので、ケトンの測定が簡便に出来る尿検査をしない医療機関も増えて来ている。また、血中ケトン測定は緊急・通常血液検査項目に入っていない医療機関がほとんどである。このため救急現場や外来・入院でケトアシドーシスに気付かない例が出て来る。

正常血糖ケトアシドーシスの早期発見には尿検査でケトンの上昇を調べることが、とても安価で迅速であり、大変有用である。

2025年06月18日