"Shikata ga nai" と "don't be afraid..."

 

 日米の開戦と同時に当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトは「日本人・日系人が安全に暮らすため」と称して大統領令9066号に署名し、西海岸に住む日本人・日系人の隔離政策を開始しました。

 日本人・日系人は2日間の準備期間しか与えられず、一人2個のスーツケース分の私物しか持ち込むことが許されませんでした。全ての日系人が、誰も住まない荒れ果てた土地に作られた強制収容所の大きなバラックに押し込められ、監視塔から24時間、小銃を向けて監視されるという生活を強いられました。

 日本からの初代の移民の人達である日系一世は、口々に「仕方が無い・Shikata ga nai」と、その絶望的な状況を受け入れる言葉を繰り返していたそうです。貧しく・苦しい・理不尽な境遇を「仕方が無い」と言って、我慢して受け入れる事を良しとしていたそうです。

 しかし、アメリカに生まれ、アメリカの教育を受けた、日系二世の若者は「法の下での平等」がアメリカの大儀であると知っているので、勇気を持って、日系人の隔離政策がアメリカの憲法に反することだと訴えました。それがアメリカで広く知られている「Korematsu vs US」裁判です。強制収容所に収監された日系人のフレッド・コレマツはアメリカを相手取り、日系人の強制収容所への収監は違憲であると訴えを起こしました。そして、その裁判はアメリカ最高裁まで争われました。残念ですが、最高裁において6対3で、合憲であるとの判断が出てしまいました。しかし、3名の最高裁判事が違憲であると主張したことは大きな意味がありました。

 第二次世界大戦後、フレッド・コレマツの主張は正しいものと認められ、彼の名誉は回復し、1998年には大統領自由勲章を受賞しました。カリフォルニア州では1月30日は「フレッド・コレマツの日」とされ、彼の功績を称える日とされています。

 フレッド・コレマツは「 何かが間違っていると感じたなら、声を上げることに恐れてはいけない。"If you have the feeling that something is wrong, don't be afraid to speak up."」という言葉を残しました。

 

カリフォルニア州オークランドにあるフレッド・コレマツ氏の墓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%9E%E3%83%84#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Gravestone_fred_korematsu.JPGより


日米の開戦と日米
2023年08月09日