アメリカの医療「お医者さんが直ぐに診てくれない」/医師の過重労働の回避のための方策


アメリカの医療の最大の問題は「医療費が高過ぎる」という点だというのはアメリカ国民の全てが思っていることです。アメリカの医療費は GDP比で16.6%を示しており世界一です。2位のドイツ・3位のフランス・4位の日本の12.7%・12.1%・11.5%を大きく引き離して極めて高い値を示しています(2022年時点)。医療費が払い切れずに自己破産する人が多数おり、深刻な問題になっています。

これは「大病」をした人が、その高額な医療費のために、保険に入っていて自己負担額は総医療費の1割であっても、自己負担額の総額が数百万円に上り、払い切れなくなるという事態が起こるからです。ですので、大病をしていない一般の人にとっては、必ずしも、直面している問題ではありません。高血圧や高コレステロール血症などの慢性的な病気で定期通院している患者の医療費(自己負担額)は日本と同様、あるいは日本より安いくらいです。

多くのアメリカ人にとって、医療において直面している問題は「お医者さんが直ぐに診てくれない」というものです。

アメリカでは、病院を受診する場合は、必ず「事前予約」が必要です。予約のために、病院・クリニックに電話をしたり、インターネットで予約サイトから予約を取ります。この際、必ず「緊急性がある場合は救急車を呼んで救急病院の救急室を至急受診して下さい」というメッセージが自動音声で流れたり、表示されたりします。

アメリカで病院・クリニックの受診の事前予約を取ろうとすると、予約が取れるのは数日後からです。決して、当日や翌日には予約が取れません。朝から下痢がひどく・お腹が痛くてお医者さんに診て欲しくて予約を取ろうとしても、翌々日以降にしか予約が取れません。至急、診察を受けたい時には「救急病院の救急室」に行くしかないのです。

日本であれば、朝に電話して、その日の午前中に予約が取れたりします。また、予約を取らずに直接クリニックや病院に行って、順番待ちをすれば、必ず、医師が診察してくれます。しかし、アメリカでは、医師の過重労働を無くすために、外来診療は厳格な予約制になっています。予約外の患者は、通常の外来では、決して、医師は診療してくれないシステムになっています。ですから、アメリカの通常の外来待合室は、いつも空いています。日本のような混雑した待合室を通常の外来診療室の前で見かけることはアメリカではありません。また、症状に苦しみならがら順番を待つ患者も、アメリカの通常の外来待合室では見かけることはありません。

(医師の過重労働を避けるために、医師が診察する外来患者数は厳格に規定されており、その数を越える診療は行わないシステムになっています。日本の「病院へ来た人は全て診る」「受診者数に制限は無い」という外来システムとは大きく異なります)

さて、朝から下痢が酷く・お腹の痛みが酷い、市販薬を飲んだけれども良くならない、急いで医師に診て欲しいという場合は、アメリカでは「救急病院の救急室」に行くしかありません。家族に送ってもらって、救急病院の救急室にたどり着くと、平日の昼間でも、50人以上の患者さんが診察待ちをしています(夜間になると100人以上が待っていたりします)。狭い救急室の待合室は常に受診患者で一杯です。椅子が足りなくなって、廊下で、ストレッチャーの上に寝かされて診察の順番を待っている患者も多数います。

救急室に着くと、看護師・医師が簡単な診察をして、重症度を診てトリアージ(診察の優先順位の決定)をします。「軽症」と判断されると、3-4時間待ち(混んでいる時には8-10時間待たされることもあります)になります。心筋梗塞や喘息発作・出血が続く怪我など重症のものは、最優先で、待ち時間無しで医師の診察・検査・治療が開始されますが、そのような緊急性の高い重症の病気・怪我でなければ、長時間待たされます。

発熱や頭痛・腹痛・下痢・食欲不振など様々な症状の患者が3-4時間、救急外来で、自分の診療の順番を待っています。いくら、自分自身あるいは家族が「これは重症だから最優先で診療するべきだ!」と訴えても、医師・看護師の診察による医学的な緊急度の判定が「低」と判断されたら、診察の順位は遅くなります。待合室の中では、10-20分毎に医師・看護師が巡回しており、患者の状態をチェックし、診察の優先順位を再評価しています。急に状態が悪化した場合には、直ぐに診察に回されます。長時間待っていても、重症患者が担ぎ込まれると、医療者たちは、そちらを優先してしまい、その重症者の治療に掛かり切りになります。軽症者の治療は更に遅れることになります。

ちなみに通常の救急室ですと、重症から軽症まで、さまざまな重症度の患者が次々と訪れ、常時50人以上の患者が待っていますが、それ対して救急医は1-2名(+研修医が2-3名)です。(アメリカの医療ドラマの中には、このような「混沌」とした救急現場を題材にしたものが多数あります)

朝から下痢をしていて・お腹が痛くて、家族に車で救急室まで送ってもらって、診察を4時間待っている間に、市販薬が効いてきて、下痢も腹痛も収まり「治ったので、もう良いです」と言って帰ってしまう患者も多いです。また、4時間待って診察を受け、薬を処方してもらうと、「救急医療」の扱いになるので、何万円もの医療費の請求が後日、保険会社から送られて来たりします。

このように、救急室に行くと「ヒドイ目」に合うので、多くのアメリカ人が「自分は重症だ」と思わなければ救急室を受診するのを躊躇します。

ちなみに、高い保険の PPO 保険に入っていても、救急の現場では、扱いは一緒です。PPOに入っているからといって優先的に診てもらえるわけではありません。救急室では保険の種類によらず、無保険の人であっても、診察の順番は医学的な緊急度の高低で決定されます。救急医療においては、医師は、保険の有無・種類に関わらず全力で診療します。本来は、保険会社からの「事前許可」が医療行為の前には必要な HMO 保険の患者であっても、そのような時間的な損失になる作業は一切行わず、医師が「最善」と思う医療を遅滞なく行います。(HMO 保険の場合は、保険会社が事後に審査し「これは必要なかった」と判定されると、その検査費や治療費は全額自費扱いになり、信じられないような高額な請求がされることがあります。PPO保険であれば、救急医療でも1割負担で済みます)

日本で言われている「アメリカの救命救急の現場では、保険の種類が確認され、安い保険だと診察を受けられない」「クレジット・カードを持っていないと、診察もされずに救急室を追い出される」というのは「虚構の世界」のテレビや映画のドラマの中の「嘘」であり、現実には、そのような行為は「犯罪」です。決して行われていません。救急診療において患者を保険によって差別することは医師免許を剥奪されるくらいの人権に対する重い犯罪です。

このような「お医者さんが直ぐに診てくれない」という問題がありますが、多くのアメリカ人は「軽症なのに安易に診察を受けられる様になったら、アメリカの医療費は更に増加してしまう」と感じているので、この不便な体制を受け入れていま。

2024年04月01日