アメリカではお金の無い人は良い医療を受けられない?


「アメリカは何でもお金」の社会と思っている方は日本には多いかもしれません。医療においても「お金持ちは大切にされ、お金の無い人には冷たい」「アメリカの医療ではお金の無い人は良い治療を受けられない」と信じている方も多いと思います。多くのアメリカ人も、そう思っています。

 アメリカには大きく分けて、保険料(保険の掛け金)の高い PPO という医療保険と、安い HMO という医療保険があります。これは掛け金が大きく異なるので、経済的に裕福な人が PPO を選びます。PPO の方が良い先生に診てもらえるし、良い治療を受けられると多くのアメリカ人が信じています。

 この PPO と HMO の医師の側に取っての大きな違いは、以下のようなものです。
HMO では、検査や治療をする前に、必ず保険会社に、その内容を報告し、保険会社からの「事前許可」を貰ってからしか検査も治療も行うことが出来ない、という不便さがあります。医師は書類を余計に作らなければならないですし、保険会社での審査を待たなければならない(至急判断が必要なものは1-2時間で返事が来ます。緊急性が無いものでれば 1ー数日の審査時間を要します)という時間的な損失が生じます。何よりも、医師が「これが診断には必要な検査だ」「これが最善の治療法だ」と思っとことに対して、保険会社の医師が審査し「この検査は出しても良い。これはダメ」と言ってくる体制に、診療に自信を持っている医師たちはプライドを傷つけられます。
 一方、PPO は、医師が決めたことは何でも直ぐに行って良い保険です。医師の診療行為に審査は無く、医療行為に対する報酬も100%支払われます。


 但し、保険会社の方も、出鱈目な診療をして過剰な検査や治療を行う医師に PPO 保険の患者を診療させる訳には行かないので、保険会社も各医師の能力を審査して「あなたは PPO 患者を診療しても良いです。あなたはダメです」とランク分けをします。PPO 保険患者を診療している医師でも、あまりに酷い出鱈目な検査や治療を繰り返すようなら「PPO 保険患者の診療を禁止します」と、診療対象患者の保険を制限することがあります。カルテを正しく記載しているか?嘘の病名を書いて(不必要な治療薬を使って医療費を水増しして)いないか?ガイドラインに従った検査・治療を正しく行っているか?など、その医師の日々の診療姿勢が審査されます。保険会社から「PPO保険患者の診療をしても良い」と言われることは、一人前の善良な医師と認められた証とも言えます。


 多くの医師が PPO 保険を持っている患者を好み、HMO 保険の患者を敬遠したくなります。そして医師には、患者の持っている保険の種類に基づいて、患者を選別することが許されているので(PPO保険の患者を診療することを保険会社から許可されている医師の中には)「PPO 保険の患者さんだけを診察します」と言う人がいます。経験豊かで能力の高い、人気の高い医師は「PPO保険患者のみ」と掲示している事が多いです。


 一般の方の多くが「医者によって能力に差がある。藪医者には掛かりたくない」と思って、インターネットなどで医師の経歴を調べてから、その医師の外来の予約を取ります。経験年数の浅い若い医者は、どうしても敬遠されるので、そのような医師は(保険会社から、まだ PPO保険患者を診療することを許されていなかったりするので)「HMO 保険も受け付けます」と表示しています。HMO 保険の患者さんは、こういった医師の外来を予約することになります。
 若い医師の中には、経験を積んで、知名度を上げ、保険会社から PPO保険患者を診療することが許されると、「HMOなど どんな保険でも受け付けます」から「PPO保険患者のみ」に切り替えてしまう医師もいます。その方が、書類作業も減りますし、プライドも保てるからです。多くの有名病院には優れた先生方が在籍しているので PPO 保険の患者しか診療しない医師が多いことがあります。逆に、あまり質の高くない病院には、経験も知識も十分でない医師が多く HMO 患者も受け付けてくれる所が多いです。


 しかし、実際の所「患者を社会的な差異によって区別してはならない」と教育されてきている医師達なので、有名病院の名医の先生の中にも「全ての保険の方を受け入れます」「生活保護の方の診療も致します」と言う先生方は多いです。(多くの有名病院は「地域病院」として登録しており、免税の特権を持っています。このため、地域の住民、特に貧困層の患者を、一定数受け入れる義務を負っています。ですので、有名病院であっても、一定数の経済的に困窮している人達が診療を受けています)

 このようなシステムのため(経済的な高低で差別しない名医の先生方も多くいらっしゃるにも関わらず)「お金の無い人は良い医師に掛かれない」「お金があれば良い医師に診てもらえる。お金が無いと悪い医者にしか掛かれない」と言われるようになってしまっているのです。 

 外来診療では、このような状態ですが、入院しても状況は同じです。入院後の担当医が「この検査をする必要ある」「この治療が最善である」と考えても、HMOの保険であれば、事前許可が必要なので、一々、保険会社への問い合わせが必要です。PPOであれば、遅滞なく、医師の考える検査・治療を行ってもらえます。

 では、診断・治療内容に差があるか?と聞かれれば、、、その差はありません。HMO保険の患者を診療している医師であっても、保険会社の審査員医師が指導して正しい医療が行われるようになっているからです。ただ、審査・事前許可の手続きを繰り返すので、時間が相当掛かってしまうという欠点は残ります。また、入院の際の個室や食事は HMO であっても PPO であっても同じです。アメリカは個室が標準ですが、日本の様に個室代(差額ベッド料金)を取られることはありません。また、どちらの保険であっても、医療に対する支払い額(自己負担額)は総医療費の1割程度です。

 ただ、非常に成功率が低い治療や効果が十分に検証されていないような新しい治療を医師が「イチかバチかに掛けましょう」と提案した際に、PPO保険の人は受けられますが、HMO保険の人の場合は、その成功率に低さ・治療効果の不確定さから、保険会社が許可を出さず、受けられない事があります。これが「お金がないと良い医療は受けられない」と言われる原因になっています。勿論、治療効果の確定している標準治療は PPO でもHMO であっても同様に受けることが出来ます。

 旅行者がアメリカの病院に掛かる場合は、日本の旅行保険に事前許可のシステムはありません。ですので、外来であっても入院であっても、医師は PPO保険患者のように、最善と思う検査や治療を遅滞なく行います。

2024年03月27日