患者のプライバシーと医療情報/ネットの中の患者デイブ e-Patient Dave


2000年代、世の中にインターネットが普及し、多くの人が e-mail (メール)や e-commerce (ネット通販)を使うようになり、iPod や iPhone などが発売された頃、i-Patient (i- 患者)や e-Patient などという言葉がアメリカの医療現場では使われるようになった。

電子カルテの患者データばかり見て、患者に触れて直接診察しない研修医や医学生に対して「e-patient のことは分かったから real patient (実際の患者)の事を話してくれないか?」「君の i-patient は、随分元気になったようだが、real patient も元気になっているのかい?」と、手抜きの診療をすることを戒めるために使われ始めた言葉だった。

このように、アメリカの医療の現場にデジタル化の波が押し寄せ、電子カルテ上で、カルテの記載内容・検査データだけでなく、患者の家族構成・過去の病歴など、全ての患者医療情報が簡単に、院内の、どのコンピューター端末からでもアクセスし閲覧できるようになった頃、倫理観の欠如した医療者たちによる「医療情報の共有」を口実にした、医療情報の「のぞき見」「盗み見」が横行するようになった。

診療に関わらない、患者が、その顔を見たことも無い・名前も知らない医療者が、その患者の最も重要な個人情報である医療情報を「患者から明瞭な許可」を得ることも無く閲覧するというプライバシーの侵害が横行し始めた。

多くの病院で、まるで「医療者は、どんな患者の、どんな情報でも、自由に閲覧する権利がある」というパターナリズム(父権主義)に捕らわれた態度で「のぞき見」「盗み見」するという、人権意識の欠けた医療者が増え始めた。

全米で五本の指に入る一流病院であるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) 附属病院において、ハリウッドの人気歌手・ブリトニー・スピアーズが入院した際に、彼女の診療メンバーではない医師6名が、彼女の電子カルテを盗み見していた事実が発覚し、その医療者の倫理観の低さ・医療情報の扱いのいい加減さに全米が驚き・怒った。

これほどの一流病院で、そのような倫理観の欠如した人間が医師として働き、そのようなプライバシー侵害が簡単に行われている事実に多くの人が驚いた。 その後、有名人のカルテの内容がタブロイド紙に掲載されるという医療現場でのスキャンダルまで起きた。

これらの「犯罪」に対して、多額の罰金が、その医療者・病院職員と病院に対して課せられた。それ以降、病院における医療情報の管理と「のぞき見」「盗み見」の監視・処罰の徹底と医療者・病院職員への倫理教育の徹底が取られた。

医療におけるデジタル化の普及(Dx デジタル・トランスフォーメーション)は、医療データの永久保存・データの他の医師への移送の簡便化・医療者間での指示の伝達の間違いの回避・薬剤容量の誤入力/重複処方などの間違いの早期発見などなど多くの点で有益な部分もあったが、医師・医療者の患者に向き合う姿勢・患者の人権に対する姿勢が間違った方向に向かという負の部分も見えてきていた。

このような中、一人の匿名の患者 e-patient Dave (ネットの中の患者・デイブ)の行動がアメリカ医療界に大きな変革をもたらした。

彼の行動は「患者の権利の擁護運動」として、欧米の医療体制を大きく変えていった。

e-patient Dave (ネットの中の患者・デイブ)で知られる、デイブ・デブロンカート Dave deBronkart は、2007年に末期の腎臓癌と診断され、医師から「治療法はない」と言われた。その医師の判断に納得できなかった彼は、医師から、彼自身に関する全ての医療データを受け取り、それをネット上で公開し「私を治す治療法は本当に無いのでしょうか?」と、自身の素性を明かさずに e-patient Dave (ネットの中の患者・デイブ)と名乗って世界中に問い掛けた。

すると、ある医師から「大量インターロイキン2療法が有効かもしれない」との申し出があり、彼は、その申し出た医師の下で、その治療を受けて癌を克服した。

彼は、医師が作成した医療記録を入手した際に、カルテ内に多くの「誇張した表現」や「間違った内容」が記載されていることに気付き、この訂正を医師に求めた。 医師が作成した医療記録には多くの間違い・誇張があることがあり、それを患者が見つけて、訂正を要求する権利があることを訴えた。

更に、彼は、医療情報は患者自身のものであり、それを用いて、治療法を患者自身が探すことは、患者の権利であると訴えた。

彼は、この患者の権利に関する考えを広めようと、実名を公開し、様々な場所で、彼自身の物語を語り、考えを語った。彼の訴えは「患者の権利の擁護運動 Patient Activism」として世界中に広がった。

彼の考えは欧米で受け入れられ、患者が自身の医療情報(電子カルテの内容)を無料で全て手に入れ、それを持って治療法について他の医師に相談に行き、患者自身が治療法を探すことが「患者の当然の権利」となった。

現在、アメリカの医療界には人工知能(AI)が急速な勢いで導入されている。アメリカが経験したDx の波の際に見られた「負の部分」がAIの導入にもある。

アメリカの医療者が再び「間違った方向」に進まないことを祈るばかりである。そして、医療者が間違った方向に進みそうになったら、国民が声を上げて、その怒りを表し、医療者が「間違った方向」に向かわないようにすることが重要なのは Dx の時と同様である。


Dave deBronkart: Meet e-Patient Dave https://www.youtube.com/watch?v=oTxvic-NnAM

2024年04月19日