コロナ禍が残した爪痕/プライマリーケア診療の変質
コロナ禍は、医療者が患者から感染することを避けるために、患者に触れず・接近せずに、電話やビデオ通話を使っての診療「遠隔診療 Tele-medicine,
Tele-health」を促進した。
頻度の極めて高い、高血圧や高コレステロール血症・糖尿病などの慢性疾患の診療をするプライマリーケアは血液検査の値など、検査結果に基いて、治療の効果を判定する診療であり、遠隔診療で十分な管理が出来ることが再確認された。患者は採血などの検査のためだけに受診し、検査が終わると、医師に会うことなく帰宅する。その検査結果についての診療は自宅で、遠隔診療で行え、処方も遠隔で行えるというものである。
遠隔診療は患者の受診時間(バスや電車・車による移動時間)・診察の待ち時間という肉体的・時間的な負担を大幅に軽減するが、「医療の質」は変化が無い事が再確認された。採血や検査も、病院では無く、自宅の近隣の検査センターで済ませられれば、更に患者にとっては大変な負担の軽減になる。
今後、慢性疾患の管理に関しては、遠隔診療が標準化するかもしれない。慢性疾患だけでなく、抗がん剤治療の後や外科手術の後などの「経過観察診療」なども、検査結果を基にした診療であることが多いので、こちらも検査での受診は必要だが、検査結果の説明のための医師への受診は、遠隔診療が代替できる。現在行われている診療の多くの部分が遠隔診療に代替され、病院の待合室には、医師の直接の診察(視診・聴診・触診)が必要な患者に限定され、大幅に減らすことが可能となる。
医師が行っている検査データによる判断は AI が代行可能である。また、医師のコンピューター操作の大部分を占めている「患者との会話内容のコンピューターへの入力」という作業も、音声認識 AIが代行することが可能である。AI は患者と医師との会話を「要約」し、問題点や重要な条項を箇条書きする事も出来る。AI が医師の仕事の大部分を瞬時に行ってくれる。これらの AI の機能は、医師の外来診療の作業を大幅に軽減する。
このような遠隔診療と AI の浸透は、慢性疾患・経過観察のための定期受診の外来診療における医師の仕事を大幅に軽減になる。
この際に「問題」となるのが医師に対する「診療報酬」である。ここまで診療作業が軽減された場合に、今までと同額の診療報酬が医師に支払われるべきなのか?それとも、大幅に低額化されるべきなのか?
さらに法規制が変われば、遠隔診療は、人間の医師では無く AIが全て行うことが可能となる。日本の外来診療では、医療者は忙しく、まともに患者と接することが出来ないのが当たり前になっている。このような日本では、遠隔診療で
AI のみによる診療に違和感を持つ人は少ない事だろう。Chat-GPT4o などは、感情を込めた会話をしてくれるので、不愛想で冷たい事務的な口調の医師と会話するより、安心感があることだろう。
医師は、患者と接するのでは無く AI の診療内容が適性かどうかを審査する役目だけを担うことになるかもしれない。多数の「適性な AI による診療」の中で、不十分または不適切だと思われる診療を見つけて、患者に連絡し、医師への再受診を指示する医師だけが必要になるだろう。
このような外来診療が実現すれば、一人の医師は、多くの患者の診療を行えるようになる。そうなれば、医師の「一人の患者当りの診療報酬」は大幅に下げることが可能であろう。
このような外来診療の実現のためには、遠隔診療システムや AI の機能は既に十分であるから、「法改正」と「診療報酬の改訂」だけで可能であるだろう。
プライマリーケア診療は遠隔診療と AI による診断・治療法の提示・処方が主体となり、人間の医師は「AIの間違い」を見つけられる少数の優れた医師のみで十分になるだろう。それは、国の医療費の大幅な削減を可能にする。同時にプライマリーケアに関わる人間の医療者数の大幅な削減を可能にする。
技術者では無く、ロボットが自動車を組み立てるようになってから随分時間が経った。AI が搭載された無人タクシーが人を乗せてサンフランシスコの街を走り、戦場で
AIを 搭載した無人の戦闘機が飛ぶ時代なっている。プライマリーケア外来を受診することの多い、頭痛・咽頭痛・咳・発熱・胃痛・腹痛・下痢・便秘などの一般的な疾患(コモン・ディジーズ)患者の診察(視診・聴診・触診)を機械が行う時代が直ぐに来るだろう。
日本においては、既に、患者自身が、血圧や脈拍、体温、酸素濃度を自分で測定し、症状や心配な点を紙(問診票)に書いて提出するのが当たり前になっている。それに違和感を感じる患者は居なくなっている。記入した問診票の内容、AIへの口頭での症状の説明、機械による診察の結果に基づき、AI が診断を下したり、あるいは診断するために必要な更なる検査を提示したり、治療薬・処方を提示したりすることが可能になるであろう。AI が、時間を気にせず、どんな質問・疑問でも丁寧に答えてくれ、納得の行くまで親切に説明をしてくれるだろう。必要があれば専門医への紹介状を AI が書き、予約を取ってくれるようになるだろう。
人間の医師は高度な専門性が必要な領域(救命救急や外科手術・カテーテル検査など)だけに従事するこのになるだろう。しかし、それさえも機械と AI が行う時代が来ることは間違いない。
科学技術の進歩は、診療の姿を大きく変革し続けている。現代医学の父・オスラーの「「病」を診るだけでなく「人」を診よ」という言葉を否定し「体の故障している部品を直すこと・取り替えることが医師の仕事であり、医師は単なる技術者である」「患者との触れ合いは「患者との信頼関係」には関係が無い」と主張している医師達は正しかったのかもしれない。部品を直したり・交換したりすることは機械が最も得意とすることである。やがて医療行為は機械によって行われる時代が来るだろう。Chat-GPTを始めとする生成AI は、時間を気にせず、患者の声に耳を傾け、共感を持って、患者に寄り添ってくれるので、患者から不満の声が上がることは無いだろう。
忙しくて患者に向き合えない人間の医師に代わって、機械とAIが「病を持った「人」」を診てくれる時代が来るのだろう。