医療統計データ Health Statistics

 2024年現在、アメリカは肥満者が多く社会問題になっていると言われている。ところが、ロサンゼルスやニューヨークを旅行で訪れると肥満の人を見かけることは稀である。20人に1人くらいしか肥満の人を見かけない。「肥満がアメリカの社会問題?」と疑わしくなる。これが、テキサスやテネシーなど、日本人が訪れることが稀な中部の州の街だと状況が一変する。「9割以上が肥満!?」と驚くほど肥満者が多い。アメリカの医療統計データによると、2017年の時点で、アメリカ国民の42%が肥満だとされている。

 「現場の感覚」「一般人の感覚」では得ることが出来ないのが医療統計 (Health Statistics) のデータである。ロサンゼルスを訪れた人は「現場の感覚では肥満は、そんなに多くない、、、統計は間違っているのでは?」と感じるし、テキサスを旅した人は「42%なんて生やさしいものじゃない。一般人の感覚だとアメリカ人の9割が肥満だ!」となってしまう。肥満者の分布には地理的な「偏り(かたより)」があるから、現場の人・一般人には全体を認識することは出来ない。

 一般人や現場の人々は、目に見えるものやテレビが伝える映像からの情報を基に判断することが多い。テレビは、視聴者に内容を強く印象付けるためにデータの「偏り」の中で極端な部分を放映するので「真実」とは異なるイメージを一般人に植え付けてしまうことがある。

 各国が公式の統計データを発表していない中、「日本には寝た切りの患者が多い」とか、他国を差して「xx国には寝た切り患者が居ない」などという、根拠の無い医療統計に関する言説が流布することは極めて間違ったことである。

 公式の医療統計データだけが正確に平均値・中央値を示してくれる。一般人の感覚や現場の感覚が間違いであり、統計データを通して「全体」を把握しなければならない。また、統計データの収集も完璧では無い。だから 数%程度の誤差(間違い)が生じることは避けられない。1-2%の違いで「1位は我が国だ!」「2位ではダメだ!1位を追い越せ!」と順位を付けるのは間違いである。1-2%くらいの差ならば「だいたい同じ」と考えるのが妥当である。

 医療統計においては、各国は、各年齢層の人口に大きな差がある(高齢者が多い国や、高齢者が少ない国など)ので直接の比較は出来ない項目がある。高齢者が多い国は死亡者の数が多いから、高齢者が少ない国との間で死亡率を単純に比較すること(租死亡率*)は無意味である。どのような人口構成であっても比較することが出来るように調整する必要がある。年齢調整死亡率*は、年齢層別の死亡率を調整しているので、高齢者の多い国と少ない国での比較が可能である。また、人口構成の影響を受けないので、時間的な推移も正確に判定できる。日本においては租死亡率は上昇しているが、年齢調整死亡率は低下している。

 各国間で医療統計を比較する際には各国が同じ基準に従ってデータを提出する必要がある。各国の医療体制や保険制度の違いから比較は難しい医療統計データであるのだから、統一された基準に従ってデータを提出しなければ、更に、そのデータの信頼度は低くなる。

 広く知られた一例であるが、2010年以前は日本のGDPに占める医療費の割合はOECD各国の中で平均を下回っていた。しかし、これは算出法が他国と異なっていたことにより低い値が出ていたためであり、真の値からは大きく下回っていた。現在でも、古いデータを根拠に「日本の医療政策は優秀で医療支出が他国に比べて大幅に抑えられていた」と記憶している人がいるが、これは間違いである。
 日本においても2011年からは算出法を他国と同じにしたところ、日本のそれはヨーロッパの国々と同等の高さになっている。日本のデータは、2010年以前のデータは間違いであり、2011年以降が信頼できる数字である。このように、各国間で算出法を揃えなければ大きな間違に繋がってしまう。

 また、医療統計のデータから「推測」で原因を考え、根拠が無いまま「結論」を導き出すのも大きな間違いである。

 OECDのデータによれば、全ての先進国の医療費は年々増えている。その伸び率は、アメリカを除いては、ほぼ同程度である。「日本は高齢化が進んでいるから医療費が上昇している。高齢者への医療を減らすべきだ」と主張する人が現在の日本には多い。が、高齢者が国民の29%を占める日本の医療費は GDP比で11.4%であり、高齢化率が20%のフランス・21%のドイツなどと同様の医療費の支出率である。各国に於いて医療システムは少しづつ異なるので比較は難しいと言われるが、これらの国は、どこも皆保険制度であり、窓口支払い率は10%程度であり、上下水道・環境清潔度も、ほぼ同等である。これらを考えると、高齢者人口比率が他の先進国の1.5倍である日本の医療費高騰の主因を高齢者医療費に求めるのは必ずしも正しくない。むしろ、全ての先進国に共通の事象が医療費の増加の原因と考えるのが妥当と思われる。(多くの国では高度医療/高度機材の普及・薬剤価格が医療費の上昇の主因とされている)

 このように医療統計データを示して、根拠の無い「推論」を「結論」のように述べることは、一般人を惑わす間違った情報であり、厳に慎まれるべき行為である。

 各国は文化的・宗教的背景により価値観に違いがあり、それらが医療政策に大きな影響を与えている。しかし、自由主義の先進国においては、平等と人権の尊重が根本的な理念である。医療においても、平等と人権の尊重が実現するため、より良い医療を全国民に提供できるように各国は医療体制の改革を繰り返している。各国は、お互いの医療統計データを公開して、それぞれの良い点・悪い点を明らかにして、どのような修正が、それぞれの国にとって、より良い医療に繋がるのか、改革の参考にしている。

OECD Health at a Glance 2023 Country NoteJapan
OECD Health Statistics 2023 

 

*租死亡率・年齢調整死亡率
参考資料:厚生労働省 統計情報・白書  2.死亡(全死因)の状況https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/00sibou/2.html

2024年01月31日