医療におけるエイジズム ageism


最近の医療系の国家試験に頻繁に登場する言葉:エイジズム(ageism)ーーー 高齢者差別のことである。

現在は「分断の時代」と呼ばれる。

ロシアとウクライナの戦争は、ウクライナに支援を繰り返す西側自由主義諸国と、ロシアに好意的な国々という形で世界を二分している。

パレスチナとイスラエルの戦争は、イスラエルに賛同するアメリカと、パレスチナに好意的な中東のイスラム諸国の間の確執を大きくし、世界を二分している。更に、アメリカの中でも、親イスラエルと反イスラエルという形で国民の分断を呼んでいる。

アメリカは革新的な民主党の支持者と、保守色を強めている共和党の支持者の間で大きな分裂を起こしている。保険制度・妊娠中絶・移民・銃規制などなど、多くの点で全く歩み寄りが見られない。

日本においても若者と高齢者の間で分断が始まっている。少子化と高齢者の急増は、15歳ー60歳までの労働層の負担を大きくして、多くの労働者が物価高と低賃金に喘いでいる。そんな中、手厚い保護を受けている高齢者に対する憎しみを掻き立て、分断を煽るような報道も多い。高齢者差別・エイジズム ageism は日本の社会において大きな問題になっている。

特に高齢者が頻繁に利用する医療施設においてのエイジズムは根深い問題である。

日本独特の慣例なのだろうか? 医学・看護学の教科書には、どこにも書いていないが、、、日本の医療者は、高齢者に話しかける時に、まるで幼児に話しかけるような話し方をする。なぜ、このような話し方を高齢者にするのか原因は不明であるが、多くの高齢者は不快に思っている。

また、逆に、まるで友達と会話しているかのような敬意の無い、無礼な口調で高齢者に話しかける医療者も多い。

いずれも、40代・50代の壮年期の患者への対応とは際立って異なる話し方で対応する。

さらに、高齢者が体調の不良や痛みを訴えると、「年のせい」と言って、高齢化による臓器能の変化の説明やストレッチ・運動・生活習慣の改善などを指導する医療者が多い。これも、壮年期の患者への対応とは大きく異なる。壮年期の患者であれば、経過を詳細に聞いたり、各種検査を行った後に、しかるべき説明を受ける場合が多い。

高齢者は、こういった壮年期の患者と全く異なる対応に不満を感じていることが多い。

このような医療者の言動の裏には高齢者に対する差別的な意識・エイジズムが見て取れる。壮年期の患者であれば、医療者の無礼な態度にクレームを言ってきたり、怠慢による見落としに対して裁判を起こされたりする恐怖を感じ、真っ当な対応をする。が、経済力・社会的地位が低く、余命の短い高齢者は、そのような事はしてこないだろう、、、と患者を経済的/社会的な差異によって選別して、不適切な対応をすることが、日本の標準になってしまっているのかもしれない。

このような「差別」が起こらないように、患者を「高齢だが経済力が高く・社会的な地位の高い人」(例えば、その病院の院長)だったら、どのように対応するか考えてみるのが良いだろう。不適切な対応をしたら解雇されるかもしれない、、、と思ったなら、不適切な言動・対応は減ることだろう。

(本来、医療職は「恐怖心」というネガティブな動機から「正しいことをする」ように仕向けられる職業ではない。「患者を助けるには、患者やその家族が快適に過ごせるようにするには、どうすれば良いだろう」という、患者を中心に据えた、ポジティブな動機で取り組む職業である)

高齢者に対する医療に関して更に重大な点がある。

重い病気の高齢者の診療に際して、年齢だけで治療方針を変更するのは、現在は決して行ってはならないことである。患者の体力・認知力・人生観を加味して、どのような治療法が最良かを検討するのが正しいとされている。しかし、往々にして、高齢者を十分評価することもなく「こんな高齢の人に、大変な治療を受けさせるのは可哀そうだ」などと、年齢のみを基準に治療法を弱めたり、治療を控えたりすることを家族や本人に勧めたり、そのような不適切な治療を行う医療者も多い。しかし、これは完全な誤りである。

2024年1月現在、日本においては、ノルウェーでの80歳以上の患者を対象とした大規模スタディー(参考資料)の結果を下に、80歳を越えた急性冠動脈症候群(重症の心臓病)に対しては、本人の体力が許せば、壮年期の患者と同様に、カテーテル治療が標準となっている。年齢で患者を差別することが無いのが現在の標準である。

ちなみに、日本における80歳時点での平均余命は男性9.22年 女性12.12年(令和3年)

正しい医療知識・医療倫理を身に付けた若い医療者が増え、日本の医療の現場からエイジズムが無くなることを願うばかりである。

参考資料:Tegn N et al., After Eighty study investigators. Invasive versus conservative strategy in patients aged 80 years or older with non-ST-elevation myocardial infarction or unstable angina pectoris (After Eighty study): an open-label randomised controlled trial. Lancet. 2016; 387: 1057-1065.

2024年02月07日