臓器移植とイスタンブール宣言

 

 世界には、医療技術の優れた国と、劣った国が存在する。医療の優れた国では治すことができる疾患であっても、医療技術の劣る国では治療することが出来ず命を落とす。医療の優れた国に於いて、医療の劣った国の患者を治療し、救うことは医療の進んだ国の義務である。

 世界保健機構 WHO が表明している通り、医療においては性別・人種・居住地・社会的/経済的な差異によって患者に与える医療を変えてはならないという大原則がある。が、後進国から先進国へ、高いレベルの医療を求めて、やってくる人たちは経済的に豊かな人ばかりである。これは医療における「経済的な高低で患者を選別してはならない」という大原則に反することになるから、本来、行ってはいけない事であるが、現状において、後進国の裕福な人達だけが、先進国に国境を越えて渡り、高度医療を受けられている。

 多くの先進国が、自国に高いレベルの医療があるにもかかわらず、医療の発達していない他国で医療を受ける「Medical Tourism 医療ツーリズム」に関して注意を喚起している。言葉の壁による誤解の危険性・医療の連続性の必要性・医療情報の二国間での共有の不十分さ・航空機内の気圧の変化による治療後の体への負の影響などなど、多くの要因が患者に大きな負担になることが知られているので、海外での治療(医療ツーリズム)を、先進国は自国の人々に対して勧めていない。

こういった状況にあっても、多くの先進国の人々が他国に医療を受けるために訪れる。

 数十年前から、先進国の人々がインドやフィリピン・タイなど、医療者の間での倫理教育の不十分な国・医療監視体制/法整備が不十分な国に臓器移植のために訪問することが世界的な問題になっていた。

 肝臓や腎臓は、健常者が自身の一部を提供することが出来る臓器である。金銭を対価として、健常者の臓器を患者に提供することを取り持つ人たち(臓器ブローカー)が暗躍している後進国は多かった。アメリカを含めた先進国では、臓器移植の順番は、患者の重症度を基準に厳格に決められている(イスタンブール宣言(後述)原則8「...臨床基準および倫理規範に則った客観的で、差別のない、かつ外的に正当性の認められる透明性のあるルールに準拠し...」)。
 待ち時間ではなく、重症度によって臓器移植の優先順位が決まるので、長い時間待っていても、重症者が登録されると、その重症者が先に臓器を与えられることになる。そのため、自国での待ち時間が非常に長くなることが予想される患者も多い。
 先進国の人達が、倫理感の欠如した医師が多い後進国で、金銭を支払って、優先的に、その国の健康な人達から臓器を買い取り、移植を受けていた。移植ツーリズムと呼ばれる、いわゆる臓器売買である。

 後進国の政府は「臓器を売買する事は、あってはならない非倫理的行為であり、決して許されない」としている。しかし、裕福な先進国の人々の中には「提供者(ドナー)が納得しているなら、それで良いだろう」「本人も金銭を得られて喜んでいるのだから、国が規制する必要な無い」と、「貧しい者が臓器を売ることは良い事だ」と声高に語る者もいる。まさしく「人は神の前では平等である」という真理に唾する人達である。

 こんな中、この移植ツーリズムに関して、世界中の多くの国の医療者が集まり、話し合いを持ち、国際移植学会からイスタンブール宣言(2008年)が出され、臓器売買の禁止と移植ツーリズムを止めることが宣言された。

 現在、フィリピンやインド・タイでは、移植ツーリズムを厳しく取り締まり、外国人への移植は禁止されている。この結果、先進国の臓器移植を求める人たちは、規制の緩い国々へと臓器を求めて移動するようになった。

 どれくらいの患者が移植ツーリズムを利用しているのか実数を把握するのは非常に困難である。また、臓器移植ツアーの企画をする臓器ブローカーを摘発するのも困難である。しかし、各先進国は、自国民の移植ツーリズムを厳しく監視し、自国民が後進国で臓器売買を行って移植を受けることを監視して、止める必要がある。人は平等であるにも関わらず、裕福な人々が、貧しい人々を食い物にするような医療が広がらないように世界規模で監視する必要がある。

 多くの国で、医療は上下水道・交通網・軍事/警察機構などと同様の、その国の居住者が安心して快適に暮らせるための社会基盤(インフラ)の一つとであるとされている。だから、他国から来た者への臓器移植を優先することは許されないとされている。そのことはイスタンブール宣言で「......臓器移植資源(臓器、専門家、移植施設)が非住民に回されたために自国民の移植医療の機会が減少したりする場合は移植ツーリズムであり、非倫理的である」(2ページ目・下から3行目)と明記されている。

 その半面「人の平等」を守るためには、その患者の素性(居住地)よりも、疾患の重症度が優先され、移植の順番が決定されるべきであると主張する医師は多い。臓器が不足して、自国の居住者に十分な移植医療が出来ない中「神の前での平等」を守るために(富裕層ばかりであるが)医療レベルの低い国から来た重症の患者の移植を行い続けている先進国もある。これはイスタンブール宣言に反する行為であり、そこには、当然、その国の国民から多くの批判がある。

 イスタンブール宣言では、移植ツーリズムを予防・阻止する方策を取ることを医療者に求めて(4ページ目 原則 9・10) いるが、臓器移植が出来ない医療レベルの低い後進国の医師は、イスタンブール宣言では禁止されている行為だと知りながら、倫理的な観点から、後進国からの患者も受け入れている先進国へ行って治療を受けることを患者に勧めたり・その手助けをしたりしている。

世界の医療体制は、まだまだ完璧な姿からは程遠い。だから、先進国も後進国も、より良い未来を願って、医療体制の改革を続けている。

参考資料 イスタンブール宣言 2018年度版 日本語訳 国際移植学会

2024年01月31日