医学の進歩により様々な病気が克服されているが、時として、新しい治療薬・治療法の副作用が「新しい病気」を生み出すことがある。
40年前、白血病の治療法として骨髄移植が開発された時、移植された免疫細胞が患者の体を攻撃する移植片対宿主病(GVHD)が出現した。これは骨髄移植という新しい治療によって生み出された「新しい病気」である。この疾患は現在でも移植に関わる臨床医を悩ませ続けている重大な疾患となっている。
近年、人間の持つ免疫力を上げて癌を克服する薬剤が開発され、多くの癌患者を救っている。オプジーボやヤーボイ、キートルーダなど免疫チェックポイント阻害剤(ICPi)
という薬である。
人間の免疫機能は時に暴走し、自分自身を攻撃し、重篤な病を引き起こす。自己免疫疾患(あるいは膠原病)と呼ばれる病気である。自己免疫疾患には関節リウマチや潰瘍性大腸炎、更には自己免疫性溶血性貧血や自己免疫性肝炎など多くの疾患があり、様々な臓器の障害が引き起こされる。
ICPi の投与により、時として自己免疫疾患に似た症状を起こすことがある。これを irAE (immune-related Adverse Events
免疫関連有害事象)と呼ぶ。頻度は必ずしも高くないが、時に、重症化することがあるので注意が必要である。治療の第一歩は ICPi の投与の中止であり、症状が強ければステロイド剤の投与を行う。
irAE は「新しい病気」であるから、誰も「専門家」ではない。どのように診断し・治療するか、確かなことは誰も知らない。世界の研究者・医療者が、それぞれが経験した症例を論文として発表して、意見交換して、良い診断法・治療法を作ろうとしている。世界中の研究者・医療者が集まり、ガイドラインを作成し、irAE
の重症度の定義や対処法を策定して発表している。データが蓄積されるたびに、今後も繰り返しガイドラインのアップデートがされて行くだろう。
ICPi は多くの患者に投与されている薬剤であり、irAE は頻度は低いが、その患者数の多さから、多くの病院で見られる重要な副作用(疾患)でもある。ICPi
を使っている病院・医療者は、しっかり勉強し、irAE 患者に遭遇した時には的確な対応をする必要がある。
Schneider BJ et al. Management of Immune-Related Adverse Events in Patients
Treated With Immune Checkpoint Inhibitor Therapy: ASCO Guideline Update.
J Clin Oncol. 2021 Dec 20;39(36):4073-4126.(フリーアクセス論文なので誰でも全文をダウンロードできる)
1. cutaneous toxicities(皮膚)
2. GI toxicities(消化器・消化管と肝臓・膵臓など)
3. lung toxicities(肺)
4. endocrine toxicities(甲状腺・副腎・糖尿病など)
5. musculoskeletal toxicities(筋・骨格系)
6. renal toxicities(腎臓)
7. nervous system toxicities(脳・神経系)
8. hematologic toxicities(血液)
9. cardiovascular toxicities(心臓・血管系)
10. ocular toxicities (眼・結膜炎・光彩炎など)
11. systemic toxicities(全身・インフュージョンリアクション)
人間の免疫機能を強化する新規細胞療法・CAR-T細胞療法を血液癌に対して行えるのは、日本では極めて限られた施設であるが、この新規治療でも irAE
を来す。こちらは頻度が極めて高い。また、症状や重症度についても ICPi 投与時とは異なる。これについてもガイドラインが発表されている。
Santomasso BD et al. Management of Immune-Related Adverse Events in Patients
Treated With Chimeric Antigen Receptor T-Cell Therapy: ASCO Guideline.
J Clin Oncol. 2021 Dec 10;39(35):3978-3992.(フリーアクセス論文なので誰でも全文をダウンロードできる)
1. Cytokine release syndrome (CRS)
2. CAR T–Related Neurotoxicity or Immune Effector Cell–Associated Neurotoxicity
Syndrome (ICANS)
3. Hemophagocytic lymphohistiocytosis (HLH)
4. Cytopenias
5. B-Cell Aplasia
6. Disseminated intravascular coagulation (DIC)
7. Infections