希少癌と血液疾患


人口10万人あたりの年間の発症数が6例未満の「希(まれ)」な癌を希少癌(きしょうがん)と呼ぶ。

日本で多い大腸癌の発症は10万人当たり117例(全国で年間15万人)であり、肺癌95例・胃癌87例・膵臓癌35例・肝臓癌27例・食道癌20例・胆嚢/胆管癌17例と続く(前立腺癌は男性10万に当たり140例/ 乳癌は女性10万人当たり140例)。いずれも頻度の高い癌で、どこの病院でも多数の患者の診療経験がある。多くの医師が、その診療に精通している。

一方、希少癌は大きな病院でも年間患者数が数名、あるいは数年に1例しか患者が訪れることがなく、中小病院では、診療経験が無い医師も多い。希少癌の診療は癌センターのような稀な癌の患者が紹介されて集まる大規模施設での診療が勧められる場合がある。

有名な血液の癌である白血病の一つ、慢性骨髄性白血病は年間発症率が10万人当たり1人であり、大腸癌や肺癌の100分の1の頻度であり、典型的な希少癌である。大きな病院でも年間の初発患者数は1名程度である。血液疾患に関しては、その多くが希少癌に当たる。血液疾患で最も頻度の高いび慢性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL) でさえ、本邦における年間発症数は7806例(2022年)で、人口10万人当たり6.5人と希である。他の様々な血液疾患に関しては、大きな病院でも1年間に数例、あるいは数年に1例しか診療経験がないのが実情である。

希少癌であっても、その治療法は次々と開発されており、時として驚異的に有効な治療薬・治療法の発表がある。各疾患の治療法と、その治療による治療成績(治癒率)は、世界中から英語論文として発表されており、その結果が「信じるに足る」と判断した場合、担当医は、その治療法を患者に提案する。

成人の急性リンパ性白血病も年間患者数は大きな病院でも1名程度と希な癌の一つである。その中にフィラデルフィア染色体陽性型という特殊型がある。この特殊型の疾患は、大きな病院でも2-5年に1例程度しか見られることが無い。この特殊型の疾患の治療法は、どんどん進化しており、4-5年前の経験・知識など、何の役にも立たないのが現代医療である。

多くが希少癌に含まれる血液疾患の場合、その疾患の患者が訪れるたびに、最新のデータを確認し、その時点で最も信頼でき・効果がある治療法が選択される。その意味では「過去の経験」「過去の知識」が全く役に立たない領域であり、地道な日々の努力(勉強)をしている医師が最も良い治療が出来る、希少癌を専門とする医師が集まる科でもある。

専門医が複数在籍する病院などでは、それぞれの専門医が参加した会議(グラウンド・ラウンド)が開かれ、それぞれの専門医が、それぞれの知識や経験に基づいて、最善と信じる治療法を推奨しあう。時として意見のぶつかり合いが見られることがある。

また、最新の情報は論文として発表される前に、学会で発表される。だから学会参加は最新の情報を入手する最も有効な手段である。しかし、多くの学会は「巨大」過ぎて(発表演題数が多すぎて)、一人の参加者が全てを把握するのは困難である。学会に参加した者が集まり、それぞれが「有益だ」と思った発表に関する情報を交換し合うアブストラクト・レビューは、多くの医療・学術施設で行われている。

これらと同様に、多くの医療系教育施設(研修病院などを含む)では、最新の英語論文を担当者が読み込んで、それに関して他の医療者の前で要約して解説する抄読会(ジャーナル・クラブ)も毎週行われている。

グラウンド・ラウンドやアブストラクト・レビュー、ジャーナル・クラブは疾患に対する知識のアップデートにもなり、多くの医療者にとって良い「勉強の機会」でもある。

希少癌で、数年に1例しか経験しない症例を診療する際に、その時点で過去の文献・データを調べ、知識をアップデートして最良の治療法を捜すのは希少癌・血液疾患の診療に関わる医療者として重要なことである。

2025年03月06日