悪性リンパ腫には色々なタイプがあるが、日本で最も多いび漫性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL Diffuse Large B-Cell Lymphoma) に対する標準治療はCHOP(チョップ)療法と呼ばれる4種類の薬剤を用いた抗癌剤治療である。
この CHOP 療法は60年前に開発された治療法で、以来、ずっと DLBCL の標準治療として君臨してきた。2000年にリツキシマブという抗体薬が開発され、これをCHOP に加えた R-CHOP 療法が、以来、最強の治療(=標準治療)である。
この60年間、様々な治療薬(抗癌剤)が開発され、CHOP(あるいはR-CHOP)療法と、その効果を比較されてきたが、CHOP/R-CHOP療法を越える治療法は開発されなかった。
60年前の医療者が極めて優秀で、とんでもなく良い治療法を編み出してしまったのか?それとも、その後の60年間の医療者・研究者には、あまり優秀な人が居なかったのか?いずれにせよ「進歩が目覚ましい」と言われる医学の世界にあって「60年間進歩しない」というのは「驚き」とも取られるかもしれない。が、、、実のところ、成人の急性骨髄性白血病に対する 7+3 (セブン・プラス・スリー)療法も、ホジキン・リンパ腫に対する ABVD 療法も、60年前に開発され、いずれも、それを越える治療法は開発されて来なかった。
まさしく「失われた60年」である。
しかし、近年、この失われた60年を破る薬が続々と開発され、血液疾患治療・リンパ腫治療は大きな変革を遂げようとしている。
BCL2 阻害剤の Venetoclax (ベネトクラックス)、BTKチロシン酵素阻害剤のIburutinib(イブルチニブ)、副腎皮質ステロイドホルモン・Predonine (プレドニン)、抗体薬の Obinutuzumab (オビヌツズマブ) とサリドマイド系免疫作用薬剤Lenalidomide (商品名 Revlimid レブラミド) を用いた ViPOR療法が再発・難治性のDLBCL に驚異的な効果を発揮したと報告された。旧来の細胞毒性の強い抗癌剤を一切含まない(chemo-free ケモ・フリー)、医学研究の成果を基にした薬剤の組み合わせがリンパ腫の治療として確立しつつある。
(ちなみに ViPOR はバイパーと読む。バイパーは毒蛇(viper) と同じ発音である)
これからの10年は、失われた60年を取り戻すべく、次々と革命的な治療が開発されていくだろう。
Melani C et al. Combination Targeted Therapy in Relapsed Diffuse Large B-Cell Lymphoma. N Engl J Med. 2024 Jun 20;390(23):2143-2155.
Goldstein JS, Alizadeh AA. ViPOR's Venom - Rationally Targeting DLBCL with Precision. N Engl J Med. 2024 Jun 20;390(23):2209-2211.