浦瀬研究室

ハロ酢酸の下水処理過程および下水処理水放流域での挙動に関する外部発表内容のご紹介

はじめに

 わが国においては、消毒副生成物というとトリハロメタンのみが注目されており、トリハロメタンの除去をセールスポイントとしたポットや蛇口などが売られているなど、一般市民にも、トリハロメタンは、定着した化学物質名となっている。米国においては、トリハロメタンと同等程度、ハロ酢酸が注目されている。消毒副生成物は、ヒトへの健康影響の観点からは上水の場合のみが注目されているが、生態系への影響を考えると下水の場合についても検討する必要があるが、わが国においては、下水処理水に含まれる消毒副生成物やその河川水中での挙動に関してはほとんど知られていないのが現状である。下水処理水の塩素消毒は、一般に生態系への影響が大きいことが知られており、塩素消毒以外のオゾンあるいは紫外線などの代替消毒技術が検討されているが、まだ一般的ではない。

 この分野で比較的研究がおこなわれているのが、発電所の冷却用海水取水の問題で、取水時に加えられる塩素がハロ酢酸を生じ、温排水の放流域である海の生態系へ影響している懸念が研究の動機となっている。海水のように臭素イオンを多く含む場合には、特に臭素系のトリハロメタンとともに、臭素系のハロ酢酸の生成が多くなることが示されている。フランスにおける原子力発電所の調査では、放流水から7〜27μg/Lのブロモホルム, 0.9〜3.6μg/Lのジブロモアセトニトリル, 0.1〜0.4μg/Lのトリブロモフェノール, 7.3〜10.2μg/Lのジブロモ酢酸が検出されている。わが国における研究例でも同レベルの臭素系消毒副生成物が発電所冷却排水から検出されている1,2)

1) 杉野邦雄,堀本能之,高津章子,海水の塩素処理で生成するジブロモ酢酸の分析,水環境学会誌,17(5), 338-343, 1994.
2) Anne-Sophie Allonier, Michel Khalanski, Valerie Camel, Alain Bermond, Characterization of Chlorination By-products in Cooling Effluents of Coastal Nuclear Power Stations, Marine Pollution Bulletin, 38(12), 1232-1241, 1999.

 ハロ酢酸の環境中での動態としては、東京湾、多摩川などでの調査結果、大阪市域での結果などから、最も濃度の高いトリクロロ酢酸の河川水中の濃度が数ppb、また、水道水中の濃度が5ppb前後であることが知られている。また、河川水中のハロ酢酸の重要なソースとして下水処理水が浮かび上がっている。スイスにおける調査例では、ハロ酢酸のうち、トリクロロ酢酸以外では、環境への負荷のうち下水処理水の寄与は雨水の寄与に比較してわずかであるが、トリクロロ酢酸については、27%が下水処理水起源であると推定されている。ハロ酢酸の環境中での残留性については、ジクロロ酢酸の半減期は4日、トリクロロ酢酸はやや長く40日との報告があり、これは、わが国における海域での測定値ともほぼ一致している。下水処理水には、さまざまな物質が含まれるが、ハロ酢酸類は、下水処理水に必ず含まれるが、他に環境へのソースが少ないこと、環境中で容易には分解されないこと、などから下水処理水のマーカー指標となりうる可能性がある。しかし、下水処理水に含まれるハロ酢酸類を測定しその起源、放流域での挙動について検討した例はほとんどない。

調査地点


 本研究における調査地点の概略
(この図は、試料を採取した処理場などを示しており、この図に示した以外にも下水処理場や河川浄化施設は存在する)

実験結果

 多摩川流域とそこに放流される下水処理水についてハロ酢酸濃度を測定した結果の一部を以下の図に示す。今回測定した下水処理場の処理水に含まれるトリクロロ酢酸の平均値は3.3μg/Lで標準偏差は1.9μg/L(n=17)であった。また、図には示さないが、処理水に含まれるジクロロ酢酸の平均値は0.84μg/Lで標準偏差は0.57μg/L(n=17)であった。


 下水処理水に含まれるトリクロロ酢酸の濃度
(都合により処理場名はモザイクをかけています)

 一方、多摩川河川水中での濃度は、下の図に示すような値であり、おおむね、下水処理水の単純希釈によって説明のつくことが明らかになった。


 多摩川河川水に含まれるに含まれるトリクロロ酢酸の濃度
(地点名の後は、試料採取日)

 下水処理水に含まれるハロ酢酸が、下水処理水の消毒で生成するものなのか、あるいは、上水道起源であるのかを知るために、下水処理場での調査を行った。以下の図は、都内のある処理場のデータであるが、流入下水の濃度レベルは、ほぼ水道水のレベルであり、生物分解性の高いジクロロ酢酸は、下水処理場でほとんど分解されるものの、トリクロロ酢酸は、一部が処理水に残留すること、そして、その処理水を塩素消毒してもそれほどトリクロロ酢酸濃度は増加しないことが明らかになった。現在別の処理場についてもデータを蓄積しているがおおむね同じような結果を得た。


 ある下水処理場でのハロ酢酸の流入濃度および処理水(消毒前・消毒後)濃度

 また、人為的影響の少ない上流河川水や井戸水ではハロ酢酸類は検出されなかった。汚濁の認められる小河川では低濃度で検出された。礫間接触酸化式河川浄化施設でのハロ酢酸類の除去率は次の図に示すように低かった。


 多摩川の礫間接触酸化式河川浄化施設のトリクロロ酢酸の流入濃度および流出水濃度

 以上まとめると、都市域でのハロ酢酸の挙動は、上水の消毒起源のハロ酢酸が下水処理場の活性汚泥で分解を受け、一部、分解し切れなかったものが河川等へ放流され、そのまま単純希釈されることでおおむね記述できる。下水道未整備地区では、そのまま河川に負荷される。また、残留塩素濃度が0であるような低濃度の塩素添加による下水処理水の消毒では、ハロ酢酸は生成されないことが示された